映画評「アイム・スティル・ヒア」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2024年ブラジル=フランス合作映画 監督ウォルター・サレス
ネタバレあり
1970年代ラテン・アメリカの軍事独裁政権の暗黒を描く。アメリカの青年が滞在中のチリでクーデターに遭遇して行方不明になり、妻と父親が探す「ミッシング」(1982年)を共通項のある内容である。
本作はブラジルの監督ウォルター・サレスが自国の暗部を焙り出すという形だが、コスタ=ガブラス監督による前述作と違ってかなり昔の話であり、原作者が軍事政権抑圧の被害者の息子であることで、家族映画の側面が強くなった。謂わば、政治実話サスペンスと母もののハイブリッドだ。
1970年12月、リオデジャネイロの元国会議員ルーベンス・ハイヴァ(セルトン・メロ)が、妻エウニセ(フェルナンダ・トーレス)と大学生の長女ヴェロカ(ヴァレンティナ・ヘルツァージ)を筆頭にした四人の娘の一人の息子を囲んで幸福な建築業者の生活を送りつつ民主運動家支援を続けるある日、軍部に家に押し入られて連行されたまま帰って来ない。
社会の不穏が伝えられる中ヴェロカは英国へ脱出するが、エウニセと次女エリアナ(ルイザ・コソフスキー)も連行されて尋問の憂き目に遭う。彼らは民主化運動家を探している模様だ。
実際殆ど何も知らないのでやがて釈放される彼女は、間もなく、知人のジャーナリストから夫の死亡が伝えられる。この時の彼の台詞 “戦闘で死んだ” の意味が(唐突に出て来た為に)把握しかねたが、“戦闘” は民主化運動を指すと後で気付いた。
下の三人は父親の死を暫くは解らなかったようで、ルーベンスの死亡通知が公式に発行される1996年の場面に至って、その辺りに触れられる。
最後は、アルツハイマーを患った80代後半のエウニセ(フェルナンダ・モンテネグロ)が小や孫たちに囲まれる2014年の場面で終了する。
伝統的な母ものは母親の悲劇で終わるのだが、この映画の幕切れはまあハッピーである。
エウニセは二人の女優が演じる。中年以降を二人の女優が演ずるのは珍しいが、名前も同じフェルナンダである二人は実の母娘であり、これほどふさわしい配役もなかなかありますまい。
モンテネグロが選ばれたのは、サレス監督の旧知ということに加えて、ヒロインのエウニセと同じ1929年生まれということもあったのではないか。
昔から正攻法の進行ぶりだったと記憶するサレスは益々楷書体で進める。ハリウッド流の時間操作は皆無で、非常に解りやすい。時間操作がない映画や小説が馬鹿にされる時代が過ぎ、近年はこういう時系列を一つで描き切る作品も大分増えて(復活して)来た。大変良いことと思う。
半世紀以上の映画鑑賞経験で、世界中あるいは様々の時代の圧政・抑圧ぶりを色色と観て来たので、それ自体は強烈という印象は受けないものの、母ものの側面を考えると余りこちらを強く前面に出さなかったのは良い判断だっただろう。
世評通り、主演のフェルナンダ・トーレスの演技が圧巻。演技部門は考えるのが面倒なので、2026年度の女優賞は彼女で決定してしまおうか。
WBCでブラジルの試合を見た。日系関係者も多く、予想以上にきちんとしたチームとなっていたが、強いと言われないチームに共通する欠点は投手のコントロールと投手面々の平均レベルである。一人良くても二番手三番手が悪くて最終的に大敗してしまう。前半アメリカ相手にリードしたイギリスもその典型。WBCの球数制限は、日本のように投手のレベルが高いチームに有利と思う。2戦目・3戦目は苦労したが、1位で一次リーグを突破した。次からは一発勝負だ。レベルだけでは勝てない。
2024年ブラジル=フランス合作映画 監督ウォルター・サレス
ネタバレあり
1970年代ラテン・アメリカの軍事独裁政権の暗黒を描く。アメリカの青年が滞在中のチリでクーデターに遭遇して行方不明になり、妻と父親が探す「ミッシング」(1982年)を共通項のある内容である。
本作はブラジルの監督ウォルター・サレスが自国の暗部を焙り出すという形だが、コスタ=ガブラス監督による前述作と違ってかなり昔の話であり、原作者が軍事政権抑圧の被害者の息子であることで、家族映画の側面が強くなった。謂わば、政治実話サスペンスと母もののハイブリッドだ。
1970年12月、リオデジャネイロの元国会議員ルーベンス・ハイヴァ(セルトン・メロ)が、妻エウニセ(フェルナンダ・トーレス)と大学生の長女ヴェロカ(ヴァレンティナ・ヘルツァージ)を筆頭にした四人の娘の一人の息子を囲んで幸福な建築業者の生活を送りつつ民主運動家支援を続けるある日、軍部に家に押し入られて連行されたまま帰って来ない。
社会の不穏が伝えられる中ヴェロカは英国へ脱出するが、エウニセと次女エリアナ(ルイザ・コソフスキー)も連行されて尋問の憂き目に遭う。彼らは民主化運動家を探している模様だ。
実際殆ど何も知らないのでやがて釈放される彼女は、間もなく、知人のジャーナリストから夫の死亡が伝えられる。この時の彼の台詞 “戦闘で死んだ” の意味が(唐突に出て来た為に)把握しかねたが、“戦闘” は民主化運動を指すと後で気付いた。
下の三人は父親の死を暫くは解らなかったようで、ルーベンスの死亡通知が公式に発行される1996年の場面に至って、その辺りに触れられる。
最後は、アルツハイマーを患った80代後半のエウニセ(フェルナンダ・モンテネグロ)が小や孫たちに囲まれる2014年の場面で終了する。
伝統的な母ものは母親の悲劇で終わるのだが、この映画の幕切れはまあハッピーである。
エウニセは二人の女優が演じる。中年以降を二人の女優が演ずるのは珍しいが、名前も同じフェルナンダである二人は実の母娘であり、これほどふさわしい配役もなかなかありますまい。
モンテネグロが選ばれたのは、サレス監督の旧知ということに加えて、ヒロインのエウニセと同じ1929年生まれということもあったのではないか。
昔から正攻法の進行ぶりだったと記憶するサレスは益々楷書体で進める。ハリウッド流の時間操作は皆無で、非常に解りやすい。時間操作がない映画や小説が馬鹿にされる時代が過ぎ、近年はこういう時系列を一つで描き切る作品も大分増えて(復活して)来た。大変良いことと思う。
半世紀以上の映画鑑賞経験で、世界中あるいは様々の時代の圧政・抑圧ぶりを色色と観て来たので、それ自体は強烈という印象は受けないものの、母ものの側面を考えると余りこちらを強く前面に出さなかったのは良い判断だっただろう。
世評通り、主演のフェルナンダ・トーレスの演技が圧巻。演技部門は考えるのが面倒なので、2026年度の女優賞は彼女で決定してしまおうか。
WBCでブラジルの試合を見た。日系関係者も多く、予想以上にきちんとしたチームとなっていたが、強いと言われないチームに共通する欠点は投手のコントロールと投手面々の平均レベルである。一人良くても二番手三番手が悪くて最終的に大敗してしまう。前半アメリカ相手にリードしたイギリスもその典型。WBCの球数制限は、日本のように投手のレベルが高いチームに有利と思う。2戦目・3戦目は苦労したが、1位で一次リーグを突破した。次からは一発勝負だ。レベルだけでは勝てない。
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