映画評「フォーチュンクッキー」(2023年)

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2023年アメリカ映画 監督ババク・ジャラリ
ネタバレあり

20年ほど前に「フォーチュン・クッキー」(日本では劇場未公開に終わったジョディ・フォスター主演「フリーキー・フライデー」のリメイク)があったが、全然関係ない。本作の邦題にはフォーチュンとクッキーの間に中点がない。

アフガニスタンからアメリカに亡命した元米軍通訳の妙齢美人ドーニャ(アナイタ・ワリ・ザダ)は、現在フォーチュン・クッキーを作る中国人経営の工場で働き、やがてクッキーの中に入れるおみくじを書く仕事が回って来る。気の利いたことを書かねばならないなかなか知恵の要る仕事で、単調で孤独な日々を持て余す彼女は、心療内科アンソニー(グレッグ・ダーキントン)のアドヴァイスもあって、思わずおみくじに自分のファースト・ネームと電話番号を書いてしまう。
 これが運悪く経営者夫人の手元に入ってしまうが、彼女に好感を覚えている社長のおかげでクビを免れる。やがて彼女の許におみくじの反応があり、ブラインド・デートの為待ち合わせの中国陶磁器店まで出かけることにする。程々の距離があるので、友人から借りた車で出かけ、途中で車の修理工場に寄る。オイルをチェックしているところへ若い店主ダニエル(ジェレミー・アレン・ホワイト)が現れ、無料でオイル交換をしてもらっただけでなく、コーヒーのご相伴にあずかる。
 陶磁器店に着き事前に言われた通り「鹿はいますか」と言うと、店員は鹿の像を持ってくる。

奥さんがケチでクビにしない代わりに彼女を宅配便代わりに使ったという落ち。勿論彼女の許に届いたお誘いが夫人の悪戯であることは殆どの方が理解できるので、意外性は全くないものの、彼女が再び自動車修理工場に寄って鹿の像をプレゼント、再びコーヒーのご相伴にあずかる。

というだけのお話で、モノクロの画面はジム・ジャームッシュにも似ているが、それ以上に「スモーク」のウェイン・ワンを思い出した。尤も、「スモーク」の映画評でもジム・ジャームッシュとの相似を書いているので、どちらにも似ているというのは矛盾ではない。おとぼけよりヒューマンな人間関係によりジャームッシュより「スモーク」に思いが行くわけで、出来栄えでは及ばないものの後味は良い。

タリバンが復権した時に難民認定が先進国でトップ・レベルに厳しい日本も、さすがに日本の為に働いたアフガン人とその家族を大量に飛行機で連れ帰り難民に認定したのを思い出す。
 ヒロインは正にそうした流れの中で米国に来られたわけだが、米軍通訳の中でも女性であるから孤立したというかつての思いに引きずられざるを得ない。思うに、彼女の為に家族が裏切り者扱いされていることに比べると、ヒロインの現在の孤独を語る上で、この女性差別問題は寧ろ雑音っぽい。あの台詞はなくても良かったような気がする。

現在でもアフガン人は比較的容易に難民に認定されるように見える。長い歴史の中で僅か一人のクルド人とは大違いだ。クルド人独立派勢力はアメリカの為にシリアやイランと戦ってくれるからアメリカにとってテロリストではない。明治中期以降トルコと仲の良い日本はトルコに倣って独立派をテロリスト扱いし、トランプの移民政策に共感する日本の外国人嫌いは、トランプが利用したくてたまらないクルド人を排除しようとする。トランプが好きでいながらクルド人を排除しようとするのは半ば矛盾なのだ。

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