映画評「小学校 それは小さな社会」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2023年日本=アメリカ=フィンランド=フランス合作映画 監督・山崎エマ
ネタバレあり
東京世田谷区の区立小学校の新1年生と新6年生の1年間を捉えたドキュメンタリー。
何故1年生と6年生かと言えば、1年生は文字通り小学校は全てが初めての場であり、6年生は1年後に卒業する身で、その6年間の驚くべき成長を端的に捉えられるからである。
主役と言うべきは、少々ADHD気味かと思われるほど動く1年生男児、何かにつけて泣いてしまう1年生女児、縄跳びが上手く出来ず必死に練習する放送部員の6年生男子。1年生担任の優しいベテラン女性教師、6年生担任の厳しめの青年男性教師。
大体そんなところで、ADHD気味かと思われた男児は次第に落ち着いていく感じ。教師の指導の成果でしょうか。泣き虫少女は母親の体調不良に泣き、新1年生を迎える催しでの演奏で上手くシンバルが叩けず泣き、終業により(親友とお別れになるかもしれないと)泣く。2年生になった時に急に大人っぽくなった気がしました。6年生男子は見事に縄跳びをこなし、放送部の相棒女生徒とのコンビネーションぶりが良く、卒業式で堂々と賞状を受け取る。
山崎エマという監督は、余分なナレーションを一切付けずに文字通りの実録に徹して、非常に清々しい。
コロナ最中の2021年4月から2022年4月くらいの異常事態であり、我々の時代には全く考えられない電子機器を使った授業(コロナ緊急宣言下のリモート学習など)などが面白い。リモート学習と言っても全員がリモートであるわけではなく、一部の人が家で待機することでソーシャル・ディスタンスを確保するのですな。新一年生がソーシャル・ディスタンスなる大人にも耳慣れない言葉を発したことに思わず微笑んだ。
昭和40年代僕らの頃から先生は甘くなって、昭和30年代に小学生として過ごした兄の時代ほど厳しく躾けられた記憶がないが、シンバルの指導を代表に現在の先生が意外に怖いのにビックリした。教育とは、本当はあれくらい厳しくしないといけないのでしょう。おかげで1年生の彼女は上手くなりましたよ。
かくして規律により協調性の高い典型的な日本人が出来上がっていく (英語タイトルは The Making of a Japanese) 。 協調性の高いことは悪いことではないものの、こうしたことができない人が排除され虐められることに繋がる面もあり、両刃の剣である。
山崎監督は直接的にこれらに言及するようなショットの繋ぎ方や構成をしていないと感じられるが、そうした両面が日本の教育にはあることを理解してほしいとこの作品を作ったのでしょう。
協調性の高い国民は同調圧力が強く、村八分が起きやすい。これと関連性の高い “空気を読む” という概念が僕は嫌いである。何故なら、一見他人に配慮するようでいて、実は自らがのけ者にされるのを避ける態度にすぎないからである。
2023年日本=アメリカ=フィンランド=フランス合作映画 監督・山崎エマ
ネタバレあり
東京世田谷区の区立小学校の新1年生と新6年生の1年間を捉えたドキュメンタリー。
何故1年生と6年生かと言えば、1年生は文字通り小学校は全てが初めての場であり、6年生は1年後に卒業する身で、その6年間の驚くべき成長を端的に捉えられるからである。
主役と言うべきは、少々ADHD気味かと思われるほど動く1年生男児、何かにつけて泣いてしまう1年生女児、縄跳びが上手く出来ず必死に練習する放送部員の6年生男子。1年生担任の優しいベテラン女性教師、6年生担任の厳しめの青年男性教師。
大体そんなところで、ADHD気味かと思われた男児は次第に落ち着いていく感じ。教師の指導の成果でしょうか。泣き虫少女は母親の体調不良に泣き、新1年生を迎える催しでの演奏で上手くシンバルが叩けず泣き、終業により(親友とお別れになるかもしれないと)泣く。2年生になった時に急に大人っぽくなった気がしました。6年生男子は見事に縄跳びをこなし、放送部の相棒女生徒とのコンビネーションぶりが良く、卒業式で堂々と賞状を受け取る。
山崎エマという監督は、余分なナレーションを一切付けずに文字通りの実録に徹して、非常に清々しい。
コロナ最中の2021年4月から2022年4月くらいの異常事態であり、我々の時代には全く考えられない電子機器を使った授業(コロナ緊急宣言下のリモート学習など)などが面白い。リモート学習と言っても全員がリモートであるわけではなく、一部の人が家で待機することでソーシャル・ディスタンスを確保するのですな。新一年生がソーシャル・ディスタンスなる大人にも耳慣れない言葉を発したことに思わず微笑んだ。
昭和40年代僕らの頃から先生は甘くなって、昭和30年代に小学生として過ごした兄の時代ほど厳しく躾けられた記憶がないが、シンバルの指導を代表に現在の先生が意外に怖いのにビックリした。教育とは、本当はあれくらい厳しくしないといけないのでしょう。おかげで1年生の彼女は上手くなりましたよ。
かくして規律により協調性の高い典型的な日本人が出来上がっていく (英語タイトルは The Making of a Japanese) 。 協調性の高いことは悪いことではないものの、こうしたことができない人が排除され虐められることに繋がる面もあり、両刃の剣である。
山崎監督は直接的にこれらに言及するようなショットの繋ぎ方や構成をしていないと感じられるが、そうした両面が日本の教育にはあることを理解してほしいとこの作品を作ったのでしょう。
協調性の高い国民は同調圧力が強く、村八分が起きやすい。これと関連性の高い “空気を読む” という概念が僕は嫌いである。何故なら、一見他人に配慮するようでいて、実は自らがのけ者にされるのを避ける態度にすぎないからである。
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