映画評「ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2025年アメリカ=イギリス合作映画 監督モーガン・ネヴィル
ネタバレあり

およそ1年前に観た「ポール・マッカートニー&ウィングス ワン・ハンド・クラッピング」とダブるところもあるが、ビートルズ解散直前からウィングズ解散直後までのポール・マッカートニーを俯瞰するので、僕らのようなかなり事情を知っているマニアにも、おさらいすることができ、かなり価値がある。

ビートルマニアであれば大概知っているが、解散しようとしたのはジョン・レノンであり、埒が明かないのに痺れを切らしたポールが発表した為、当時ファンの間ではポールが悪役になり、それが結構後まで続いたように思う。尤も、解散した時のことは中学になるかならないかという年齢で、直後にビートルズを聴き始める僕は全く記憶にない。多分テレビのニュースにも取り上げられたはずで、まだファンでなくても聞いていて不思議ではないのだが。
 そのわりを食って、ポールのファースト・ソロ・アルバムもリンダとの共作扱いになるソロ第2弾『ラム』も散々な評価を下された。スコットランドの農場に引っ込んで一人で全てをやりきったローファイのファーストはともかく『ラム』は今では、本作のショーン・オノ・レノンを引用するまでもなく傑作扱いをする人が多い。僕は野趣あふれるところを大いに買っていて、半分のビートルズ・アルバムより好きである。

ウィングズのデビュー・アルバムも出来が伴っていなかったが、最終的に元ムーディー・ブルースのデニー・レインとリンダとでナイジェリアで強盗にテープを盗まれるなど悪戦苦闘しつつ録音したアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』で彼は覚醒する。ウィングズ名義では断トツの傑作だ。

ウィングズはメンバーの出入りが激しく、リンダを別にすれば、デニー・レインだけが終始メンバーであった。やはりポールの傑出した才能と仕切りたがる性格に伍してメンバーを続けるのはジョン・レノンのような天才があるか、控えめな性格でもないと無理なのだろう。

かくしてウィングズは解散して、当時流行っていたテクノ・ポップなどを導入した意欲作『マッカートニーⅡ』は音楽活動停止中のジョンを刺激し、この頃急激に仲が復旧した時期でもあり、ジョンはすぐに録音作業に入っていくのである。この流れは非常に良かったと思う。ああ、それなのに。恐らくジョンが死ななければ、一時的であってもビートルズ復活はあったと思う。
 その後、ジョンの残した音源を使っての “新譜”3曲が発表されたものの、ジョージ・マーティンのプロデュースによるビートルズのモノホンの新譜が聴きたかったなあ。

ビートルズ解散直後のポールとリンダはあらぬ糾弾を受けて辛かっただろうが、スタートに失敗したウィングズを結局は成功に導き、見事に乗り切った。

リンダの前夫との娘ヘザーと、ポールとの娘メアリーとステラ(ファッション・デザイナーとして有名)の幼女から少女時代が見られる。ピーター・ジャクスンが再編集した「ザ・ビートルズ:Get Back」でも見られた愛らしいヘザーのコメントがなかったのは残念。

ウィングズのライヴで、デニー・レインがムーディ・ブルース時代の「ゴー・ナウ」を歌うことがあったような記憶がある。ムーディ・ブルースがプログレッシヴ・ロックの嚆矢となるのは彼が抜けた後。

この記事へのコメント