映画評「メガロポリス」

☆☆★(5点/10点満点中)
2024年アメリカ映画 監督フランシス・フォード・コッポラ
ネタバレあり

トランプが唐突に言い出した “アメリカの映画人は海外でロケするな(あるいは外国映画に関税を課す)” というアイデアを提言したのはジョン・ヴォイトであるという話を聞いた。トランプはともかくヴォイトも寝ぼけちまったか?
 ローマはローマでなければ作れませんよ。一歩譲って、仮に町は作れても、ロケ故の町を通行する人々のムードは出せませんぜ。

で、この映画にはニュー・ヨークのパラレル・ワールドの如き退廃したニュー・ローマが出て来る。ヴォイトは主人公の叔父でもある銀行頭取クラッスス3世として出演している。
 建築家で時を止めるツールを生み出したカエサル・カティリナ(アダム・ドライヴァー)は、かつて妻を殺した容疑で当局から睨まれたことがあり、その音頭を取った市長キケロ(ジャンカルロ・エスポジート)と敵対関係にありつつ、その娘ジュリア(ナタリー・エマニュエル)と恋仲になったことで形勢が変わる。市長は当局が彼をはめた事実を示すデータを彼に渡し、その代わり娘と別れてくれと言う。
 結局この推移がよく解らないうちに、彼は何者かが派遣された子供の暗殺者に撃たれて重傷を負う。暗殺者を差し向けたのが誰かよく解らないうちに彼が蘇生する代わりに、クラッスス3世が金融番組のレポーターにして後妻?ワオ(オードリー・プラザ)と組んだ主人公の従弟クロディオ(シャイア・ラブーフ)の乗っ取り計画の犠牲になりそうになる。

お話がうまく繋がっていない、というより、意図的に繋げずに作った印象があるが、これもまた、最近のハリウッド映画がよく作る、トランプ第1次政権以降の分断するアメリカを念頭に置いて作ったお話のように思う。
 市長と頭取を合体させるとトランプその人のようなイメージになる。しかし、この二人でさえ最後には主人公のユートピア的精神に傾いたように感じられ、言わばめでたしめでたしで終わる。

よく解らないところが多く、お話のみで考えると余り面白くないかもしれないものの、そのタイトルでフリッツ・ラングの「メトロポリス」(1927年)を、三分割画面ではアベル・ガンスの「ナポレオン」(1927年)を・・・といった具合にクラシック映画に思いを馳せて見ると結構楽しい。
 コッポラ自身の作品で言えば、「ワン・フロム・ザ・ハート」や「コッポラの胡蝶の夢」に似て、映画的ムードのみに依拠する映画である。時間を止めるショットの扱いも最初と最後で呼応、画面で見ていくと良いと思う。

コッポラがムード先行の映画を作ると、昔から必要以上に酷評される。フィルモグラフィーを眺めると、若い時から変な映画を作っていたのに、寧ろ例外的である「ゴッドファーザー」シリーズが基準にされてしまう。デビュー作「グラマー西部を荒らす」は観たいねえ。

この記事へのコメント

2026年04月27日 19:03
>コッポラがムード先行の映画を作ると、昔から必要以上に酷評される。

これはほんとうにそうですね、わたしは「ワン・フロム・ザ・ハート」はとてもよかったと思っているので、へんな悪口を言われているのを雑誌で読んでくやしかったです。

淀川長治先生は、コッポラのことを「映画が好きで好きで、映画を可愛がって撮ってるとこある、そこがいい」といって、スピルバーグなんかよりずっと高く評価なさっていたと記憶します。

コッポラ、何度か破産したりしているので、評判がよくないのかとかんぐりたくなりますね。
オカピー
2026年04月27日 20:52
nesskoさん、こんにちは。

>淀川長治先生は、コッポラのことを「映画が好きで好きで、映画を可愛がって撮ってるとこある、そこがいい」

本作でも、内容的には関連しなくても、明らかに「メトロポリス」や「ナポレオン」などを意識しているのは伺え、やはり映画好きはご高齢になっても変わらないと思いますねえ。