映画評「恐怖の足跡」
☆☆★(5点/10点満点中)
1962年アメリカ映画 監督ハーク・ハーヴェイ
重要なネタバレあり。未鑑賞の方は要注意。
プライムビデオに当たっていたらこの題名に突き当たった。カルトとしてなかなか評判が良かったので、本邦劇場未公開ながら、観てみることにした。
忙しい身には何より短い(Imdb の情報では88分で、 今回観たプライムビデオ版は83分)のが良い。
不良気味の青年たちと車で競い合った女性3人の乗った車が木橋から川に転落する。官憲たちが川を浚おうとしても有効な手立てがないとボーっとしているうちに、女性の一人キャンディス・ビリゴスが泥だらけで生還する。他の二人については解らないと告げ、やがて教会のオルガン弾きの為の他の町へ越していく。
この町には廃墟となったダンスホールがあり、妙にその場所に惹かれる彼女を接近禁止であると周囲は引き留める。教会での仕事を確約された彼女は町で買い物にしていると、突然周囲の音が聴こえず自分の姿が他人に見えないという怪現象に突き当たる。
彼女は小鳥の声で元の状態に復し、その場に現れた医療関係者の分析を受け、事故での精神的後遺症ではないかと分析される。が、再び同じ現象に出くわした後、遂に決心してダンスホールに入るや否やゾンビのような死霊に襲われ、姿を消す。
ヒロインが川から現れたところである程度察しをつけ、他人に姿が見えなくなるところで、その事実関係を確信した。
ネタバレすれば、彼女は既に死人であるが、まだ此岸と彼岸の境界である【三途の川】(キリスト教の【煉獄】よりこの映画におけるヒロインの立場にはこちらがぴったし)にいる状態だったのである。そんな彼女を移動の最中から現れる謎の男性(監督のハーク・ハーヴェイ)が三途の川から冥界へと引きずり込もうとしていたと理解できる。
彼女が消えてから車が発見されるのだから、その理屈は正しいと思う。逆に神父やアパートの小母さんや隣人などにちゃんと肉体を持つ人間として接せられるほうが不可解。
ということで、ゾンビものに繋がっていったという主たる評価は牽強付会気味の解釈で、寧ろ「シックス・センス」の元祖と言った方が近いと思う。そんなわけで恐怖映画として捉えると余り怖くなく、大して面白くもない。
しかるに、低予算映画のせいか、横移動のショットにはヌーヴェル・ヴァーグのような感覚があるし、ヒロインの気だるそうな雰囲気はミケランジェロ・アントニオーニ監督【愛の不毛】シリーズ(1960-64年)のモニカ・ヴィッティを想起させ、そのアントニオーニが作った「欲望」(`1966年)の原作を書いたフリオ・コルタサスの小説のような不条理感を覚えさせる。
ハーク・ハーヴェイなる監督のセンスは侮れないと思う。僕の趣味では、下手にホラー仕立てにしないほうが面白く観られたかもしれない。
案外実存主義の映画なのかもね。
1962年アメリカ映画 監督ハーク・ハーヴェイ
重要なネタバレあり。未鑑賞の方は要注意。
プライムビデオに当たっていたらこの題名に突き当たった。カルトとしてなかなか評判が良かったので、本邦劇場未公開ながら、観てみることにした。
忙しい身には何より短い(Imdb の情報では88分で、 今回観たプライムビデオ版は83分)のが良い。
不良気味の青年たちと車で競い合った女性3人の乗った車が木橋から川に転落する。官憲たちが川を浚おうとしても有効な手立てがないとボーっとしているうちに、女性の一人キャンディス・ビリゴスが泥だらけで生還する。他の二人については解らないと告げ、やがて教会のオルガン弾きの為の他の町へ越していく。
この町には廃墟となったダンスホールがあり、妙にその場所に惹かれる彼女を接近禁止であると周囲は引き留める。教会での仕事を確約された彼女は町で買い物にしていると、突然周囲の音が聴こえず自分の姿が他人に見えないという怪現象に突き当たる。
彼女は小鳥の声で元の状態に復し、その場に現れた医療関係者の分析を受け、事故での精神的後遺症ではないかと分析される。が、再び同じ現象に出くわした後、遂に決心してダンスホールに入るや否やゾンビのような死霊に襲われ、姿を消す。
ヒロインが川から現れたところである程度察しをつけ、他人に姿が見えなくなるところで、その事実関係を確信した。
ネタバレすれば、彼女は既に死人であるが、まだ此岸と彼岸の境界である【三途の川】(キリスト教の【煉獄】よりこの映画におけるヒロインの立場にはこちらがぴったし)にいる状態だったのである。そんな彼女を移動の最中から現れる謎の男性(監督のハーク・ハーヴェイ)が三途の川から冥界へと引きずり込もうとしていたと理解できる。
彼女が消えてから車が発見されるのだから、その理屈は正しいと思う。逆に神父やアパートの小母さんや隣人などにちゃんと肉体を持つ人間として接せられるほうが不可解。
ということで、ゾンビものに繋がっていったという主たる評価は牽強付会気味の解釈で、寧ろ「シックス・センス」の元祖と言った方が近いと思う。そんなわけで恐怖映画として捉えると余り怖くなく、大して面白くもない。
しかるに、低予算映画のせいか、横移動のショットにはヌーヴェル・ヴァーグのような感覚があるし、ヒロインの気だるそうな雰囲気はミケランジェロ・アントニオーニ監督【愛の不毛】シリーズ(1960-64年)のモニカ・ヴィッティを想起させ、そのアントニオーニが作った「欲望」(`1966年)の原作を書いたフリオ・コルタサスの小説のような不条理感を覚えさせる。
ハーク・ハーヴェイなる監督のセンスは侮れないと思う。僕の趣味では、下手にホラー仕立てにしないほうが面白く観られたかもしれない。
案外実存主義の映画なのかもね。
この記事へのコメント
モニカ・ヴィッティ、不条理感、たしかにありますね!
>モニカ・ヴィッティ、不条理感、たしかにありますね!
作られた時期も重なりますし、偶然なのかもしれませんが、ホラーであるとしたら、観客が映画の不条理にゾッとするタイプではないですかね。