映画評「風のマジム」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2025年日本映画 監督・芳賀薫
ネタバレあり
日本は実話ものが少ないと言っていたら、なんちゃって実話ものにこのところ良く当たる。“なんちゃって” が付く理由は、登場人物その他が実名で出て来ないからである。
本作は、沖縄で純沖縄産のラムを作り出した元非正規社員のお話で、ローカルなのでご当地映画の趣きもある。
沖縄本島にある企業に勤める非正規社員・伊藤沙莉が、ベンチャー企画の応募に参加して、沖縄のさとうきびからラムを作るアイデアを出し、勝ち抜いて最後の二つに残る。
というだけなら、コンペティションだけのお話になるところを、映画はライバルの企画を殆ど無視して、彼女の企画がいかに沖縄あるいは本人が重視するさとうきび産地の南大東島の為になるかということにまっすぐに向き合い、いかに障壁を乗り越えていくかを見せていく。
障壁の半分くらいは、周囲の実は親心に近いものであったりするわけで、全体として型通りと言えば型通りであるが、頗る素直に作っているのが内容にふさわしく、ヒロインの明るく前向きで屈託のない性格の為、鑑賞者の精神衛生に非常に良さそうな作品に仕上がっている。毒にも薬にもならぬと言われがちなタイプながら、実際には薬にはなる。
実話を基に書かれた原田マハの小説が原作。ヒロインの名前“まじむ”は琉球語で "真心"といった意味で、題名は恐らくラムの商品名であろうと途中で予想した通り。
少し残念なのは、高畑淳子(ヒロインの祖母)、富田靖子(ヒロインの母)、滝藤賢一(酒造家)など主要出演者に沖縄出身らしき人が少ないことで、どうもムード的に弱い。俳優は何でも演じられなければならない一方、人種は勿論差の大きい民族もなかなか超えられない。典型的な琉球人は恐らく縄文人に近い民族ではないかと思う。
縄文人のDNAを多く残しているアイヌ人が先住民族と言われるのに、彼らに次いで縄文人DNAを持つ琉球人がそう言われないのは差別かもしれない。盛んに “でーじ”(非常に、 とても)という副詞が使われるが、明治20年頃に生まれたと思われる地元(群馬県西部)の人にその意味で ”ずでえ” を使う人がいた。 “あらた” から “あたらしい” が生まれたように “でーじ” と “ずでえ” は案外語源を同じくしていたり?
2025年日本映画 監督・芳賀薫
ネタバレあり
日本は実話ものが少ないと言っていたら、なんちゃって実話ものにこのところ良く当たる。“なんちゃって” が付く理由は、登場人物その他が実名で出て来ないからである。
本作は、沖縄で純沖縄産のラムを作り出した元非正規社員のお話で、ローカルなのでご当地映画の趣きもある。
沖縄本島にある企業に勤める非正規社員・伊藤沙莉が、ベンチャー企画の応募に参加して、沖縄のさとうきびからラムを作るアイデアを出し、勝ち抜いて最後の二つに残る。
というだけなら、コンペティションだけのお話になるところを、映画はライバルの企画を殆ど無視して、彼女の企画がいかに沖縄あるいは本人が重視するさとうきび産地の南大東島の為になるかということにまっすぐに向き合い、いかに障壁を乗り越えていくかを見せていく。
障壁の半分くらいは、周囲の実は親心に近いものであったりするわけで、全体として型通りと言えば型通りであるが、頗る素直に作っているのが内容にふさわしく、ヒロインの明るく前向きで屈託のない性格の為、鑑賞者の精神衛生に非常に良さそうな作品に仕上がっている。毒にも薬にもならぬと言われがちなタイプながら、実際には薬にはなる。
実話を基に書かれた原田マハの小説が原作。ヒロインの名前“まじむ”は琉球語で "真心"といった意味で、題名は恐らくラムの商品名であろうと途中で予想した通り。
少し残念なのは、高畑淳子(ヒロインの祖母)、富田靖子(ヒロインの母)、滝藤賢一(酒造家)など主要出演者に沖縄出身らしき人が少ないことで、どうもムード的に弱い。俳優は何でも演じられなければならない一方、人種は勿論差の大きい民族もなかなか超えられない。典型的な琉球人は恐らく縄文人に近い民族ではないかと思う。
縄文人のDNAを多く残しているアイヌ人が先住民族と言われるのに、彼らに次いで縄文人DNAを持つ琉球人がそう言われないのは差別かもしれない。盛んに “でーじ”(非常に、 とても)という副詞が使われるが、明治20年頃に生まれたと思われる地元(群馬県西部)の人にその意味で ”ずでえ” を使う人がいた。 “あらた” から “あたらしい” が生まれたように “でーじ” と “ずでえ” は案外語源を同じくしていたり?
この記事へのコメント