映画評「HERE 時を越えて」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2024年アメリカ=カナダ合作映画 監督ロバート・ゼメキス
ネタバレあり
ロバート・ゼメキス監督とトム・ハンクス、ロビン・ライトの主演トリオが作ったホーム・ドラマであるが、一種の実験映画でもある。
というのも、ハンクスの両親ポール・ベタニーとケリー・ライリーが買った家の居間を定点カメラでずっと撮っているからである。
それだけなら異様に長い、単なる固定カメラに過ぎないが、恐竜時代から始まり、白人の移住以前の時代、独立戦争時代と経て、スペイン風邪が流行っていた時期に住んでいた家族、その後の発明家夫婦が暮らしていた時期が、時に同じ画面の中で特殊な枠を使った一種のスプリット・スクリーンにより見せているとあれば、その実験性は定点カメラで撮ったことに収まらないことはお解り戴けるでありましょう。
画家志望の10代のトムはガールフレンドのロビンを家に連れて来て妊娠させてしまい、若くして結婚してセールスマンになる。両親と三世代で住む形となり、やがて彼女にしてみれば家から離れたい若しくは自分たちの家を作りたいというのが本音となっていくが、しがないセールスマンにそれを実現するだけの資金がない。彼女が単独で家を出るのは、娘が一流弁護士になった後である。
彼女が去る前に母親は亡くなり、彼女が去った後父親は亡くなり、遂にハンクスも家を後にする。この家に黒人一家が越してきた頃新型コロナが流行り、白人警官による黒人殺害事件が沙汰される時代が訪れる。
この一家も去った売り屋になった現在、ハンクス老は認知症になったロビンを連れて来る。
彼らの一家を扱った部分を普通にやっても陳腐なホーム・ドラマにさえならないものの、やはり色々な人々を過ごした家のお話と思えば多少は感動することもできる。
ジャッキー・チェンやハリスン・フォードがやったようにトム・ハンクスもロビン・ライトがひどく若い頃を(も)演ずる。しかし、これらは現在の彼らを若返らせるようにCG加工しているというよりは、多くの部分で若い時代の映画の顔を借用・利用し、VFX(最近ではAIか)で合成・加工するのだと思う。初めて映画に出る老人が若い時代を演じる場合これほど自然には行かないだろう(チェンの場合は少々不自然だった)。
最後に定点カメラは終了し、カメラがこの家の窓の方からどんどん後退し遂にはここに住んでいた人々が見た豪邸に辿り着き、逆の視点からこの家を見る。こういう趣向に僕ら映画ファンは大した理由もなく感動したりする。
しかし、この時に出て来る大昔の場面から出て来る小鳥と邸宅一部が異様にCGっぽいのに大苦笑。原作がグラフィック・ノベル(作:リチャード・マグワイア)であることを意識したなんてことではないでしょうな。
AIにより既成アーティストの声を使った曲がネット上で聞かれるようになったが、この辺りも規制する方針が出されるようなことを聞いた。ビートルズがビーチ・ボーイズの曲を歌ったり、面白いと言えば面白いが。
2024年アメリカ=カナダ合作映画 監督ロバート・ゼメキス
ネタバレあり
ロバート・ゼメキス監督とトム・ハンクス、ロビン・ライトの主演トリオが作ったホーム・ドラマであるが、一種の実験映画でもある。
というのも、ハンクスの両親ポール・ベタニーとケリー・ライリーが買った家の居間を定点カメラでずっと撮っているからである。
それだけなら異様に長い、単なる固定カメラに過ぎないが、恐竜時代から始まり、白人の移住以前の時代、独立戦争時代と経て、スペイン風邪が流行っていた時期に住んでいた家族、その後の発明家夫婦が暮らしていた時期が、時に同じ画面の中で特殊な枠を使った一種のスプリット・スクリーンにより見せているとあれば、その実験性は定点カメラで撮ったことに収まらないことはお解り戴けるでありましょう。
画家志望の10代のトムはガールフレンドのロビンを家に連れて来て妊娠させてしまい、若くして結婚してセールスマンになる。両親と三世代で住む形となり、やがて彼女にしてみれば家から離れたい若しくは自分たちの家を作りたいというのが本音となっていくが、しがないセールスマンにそれを実現するだけの資金がない。彼女が単独で家を出るのは、娘が一流弁護士になった後である。
彼女が去る前に母親は亡くなり、彼女が去った後父親は亡くなり、遂にハンクスも家を後にする。この家に黒人一家が越してきた頃新型コロナが流行り、白人警官による黒人殺害事件が沙汰される時代が訪れる。
この一家も去った売り屋になった現在、ハンクス老は認知症になったロビンを連れて来る。
彼らの一家を扱った部分を普通にやっても陳腐なホーム・ドラマにさえならないものの、やはり色々な人々を過ごした家のお話と思えば多少は感動することもできる。
ジャッキー・チェンやハリスン・フォードがやったようにトム・ハンクスもロビン・ライトがひどく若い頃を(も)演ずる。しかし、これらは現在の彼らを若返らせるようにCG加工しているというよりは、多くの部分で若い時代の映画の顔を借用・利用し、VFX(最近ではAIか)で合成・加工するのだと思う。初めて映画に出る老人が若い時代を演じる場合これほど自然には行かないだろう(チェンの場合は少々不自然だった)。
最後に定点カメラは終了し、カメラがこの家の窓の方からどんどん後退し遂にはここに住んでいた人々が見た豪邸に辿り着き、逆の視点からこの家を見る。こういう趣向に僕ら映画ファンは大した理由もなく感動したりする。
しかし、この時に出て来る大昔の場面から出て来る小鳥と邸宅一部が異様にCGっぽいのに大苦笑。原作がグラフィック・ノベル(作:リチャード・マグワイア)であることを意識したなんてことではないでしょうな。
AIにより既成アーティストの声を使った曲がネット上で聞かれるようになったが、この辺りも規制する方針が出されるようなことを聞いた。ビートルズがビーチ・ボーイズの曲を歌ったり、面白いと言えば面白いが。
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