映画評「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2025年日本映画 監督・大九明子
ネタバレあり

勝手にふるえてろ」で少々心動かされ、「私をくいとめて」で注目すべき監督になった大九明子は軽味(かろみ)を醸成するのに極めて長けている。軽味は軽いだけでは出せない。その背景に厳しさや苦みがなければならない。

本作は原作者の福徳秀介なる人物がお笑いコンビの一員と知った時“大九明子だから観るが”と思ったが、観て大正解でありました。

祖母の死以来立ち直れず、友達は悪友・黒崎煌大一人だけという孤独な大学生・萩原利久が、お団子頭に髪を結うことでバリアを張る孤独そうな女子学生・河合優実と近いものを感じて声を掛け、どんどん接近していく。
 一方、銭湯でバイトをする彼は可愛いバイト仲間・伊東蒼と大変仲良しだが、彼女の彼への思いは気付かない。彼女が恋人ができそうと言った彼に独特の表現で告白をして去った後からバイトに現れなくなる。
 その翌日優実ちゃんが待ち合わせの約束に現れず、二人とも“消えた”と思い込んで非常に落ち込んだ萩原君は、悪友との関係も険悪になる。暫くして銭湯店主・古田新太から蒼ちゃんが交通事故死をしたことを知らされ、お悔やみに訪れると現われたのは彼女の一歳年上の姉優実ちゃん。事故が起きたのはかの告白の翌日で、二人とも彼の前から姿を“消した”理由が明らかになる。

冒頭から色々と印象深い映画で、前半は大九監督らしい軽味が大いに生かされる溌溂とした青春模様が続く。
 そしてこの映画のハイライトである蒼ちゃんの長台詞の場面が出て来る。伊東蒼が抜群の好演であるが、それを引き出して余りある監督の演技指導とカメラワークに勝手に震えていた。蒼ちゃんを引き気味に固定で撮り、それを見つめる萩原君をハンディカメラで寄りで撮る。これで彼の不安を感じさせるわけだ。固定のカメラは段階を踏んで少し寄る。言葉ではこの感覚をうまく表現できない。実際に観てもらいたい。
 長台詞は優実ちゃんにもあり、映画的な扱いもさることながら、さすがに姉妹だなあと思わせるものがあり嬉しくなる。主人公が妹の名前を知らないことが伏線でしたね。

記号の使い方が巧みで、雨=水もその一つ。その絡みで銭湯の使い方もうまい。最大限のヴォリュームというのも記号になっていて、それが蒼ちゃんが懸命に伝えようとした恋する心情を萩原君が最大音量のパソコンの前で優実ちゃんに反復するところで大いに感心させられる。ここに至って、亡くなった少女の心情にもぐっと来て、泣けました。

しかも、字幕の出始めたエンディングが僕の解釈では益々素晴らしい。
 見つめ合う二人を、妹が亡くなる当日に横たわったというハンモックの横に生えている黄色い花(恐らくレンギョウ)越しにカメラが捉える。僕は、これは亡くなった少女の主観ではないかとさえ思う。彼女を悲しませたライバルが姉であると知った彼女が、二人に幸あれと願っているように感じ、死んだ少女の為にも二人のロマンスが結実するのが一番であると、僕も思う。

音楽をやっていた彼女がイントロが素晴らしいと言っていたのはスピッツのアルバム『インディゴ地平線』の2曲目「初恋クレイジー」。

スピッツのアルバムは全て所有。スピッツの師匠的バンドがチープ・トリック。チープ・トリックの師匠的バンドがビートルズ。しかし、何故か直接の師弟同士より、スピッツとビートルズの方が似ていると感じる瞬間が多い。

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