映画評「ひゃくえむ。」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2025年日本映画 監督・岩井澤健治
ネタバレあり
魚豊(うおと)なる漫画家のコミックをアニメ映画化。タイトルから凡そ見当が付くように、陸上短距離100mに自らの人生を賭けるような若者たちを描く。
速く走れることで居場所を得ることを喜びとする小学生6年生?のトガシ(声:種崎敦美、高校以降:松坂桃李)が、辛い現実を忘れる為に只管速く走ろうとする転校生・小宮(声:悠木碧、高校以降:染谷翔太)と知り合いになって指導を施すうちに、彼は物凄くスピードを得る。
数年後記録の伸び悩むトガシが陸上を辞めようかという心づもりで入った陸上無名高で、廃部予定につきあくせくしていた女子部員二人の為に入部を決め、自分の名前を生かして部の存続を勝ち取るが、次の大会で重要と位置づけられる800m男女混合リレーの為に引きこもりの幽霊部員に声を掛ける。何とその男が中学時代に小学生のトガシにお墨付きを与えたかつてのエリート二神(声:笠間淳)と判って仰天する。しかし、その為に二神は復活するのだ。100mでは再会した小宮にトガシは敗れる。
10年後プロ陸上選手となったトガシはやはり他の選手の後塵を拝している。しかし、他の選手にも色々と苦闘があり、100mに対する思いも違うことが浮かび上がって来る。かくして日本選手権を勝ち抜いたトガシと小宮は最後まで争う。
トガシが最後に記録を求めることに空しさを感じ始めた小宮に“誰よりも早ければ全部解決する”と言う言葉が鮮烈。人生はそんなに簡単に割り切れるものでもないと思うものの、そこに一つのことに人生を賭けて来た若者の人生哲学があり、多分この二人はその人生観で生きていくことが出来るはずである。
しかし、やや理屈が先行した作品のように感じ、必ずしも僕の琴線に触れるものとは言い難い。僕は論理先行の左脳人間である一方、必ずしも理屈っぽい作品が良いと思うわけではない。大半の映画において重要なのは情緒である。ただ、前衛映画を別にして、お話の進行、登場人物の行動において論理的な矛盾を感じさせるのは良くない。
人物の容貌表現は好悪を分けるだろう。僕は余り好かない。本作にのめり込めない所以の一つとなった。
実写の上に二次元アニメを上書きするロトスコープを使用しているらしく、その辺が人物の動きにおいて通常のアニメと多少違う印象を与える所以であるが、初期のロトスコープほど違和感を覚えず。
新海誠監督よろしく風景もその伝で描かれていると思われ、そのせいか、ヤクルトなど実名の看板などが出て来るのが大変良いと思う。何でもかんでも実名を避けたがる日本映画においてこういうことはどんどんやって貰いたい。昨日の実写映画「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」でも舞台でありロケもやった関西大学が実名で出て来たばかり。
邦画で実名表記がなかなかない理由は日本人らしい忖度 (配慮) からであろうが、外国の映画では余程法的に問題が生じかねない場合を別にして学校、警察、企業は大概実名で出て来る。最近東大は比較的よく出てきて改善の傾向を感じる。それでも東大を思わせる学府が帝都大学などとされるケースが多いですな。この象徴天皇の時代に帝都もないものだが。警察は城北署だったり。【群馬県警察】と表記されているパトカーを出しながら、最後まで台詞やパトカー以外の印刷物に県警名を出さなかった「64-ロクヨン-」の例が傑作。一目で分かるというのに。
2025年日本映画 監督・岩井澤健治
ネタバレあり
魚豊(うおと)なる漫画家のコミックをアニメ映画化。タイトルから凡そ見当が付くように、陸上短距離100mに自らの人生を賭けるような若者たちを描く。
速く走れることで居場所を得ることを喜びとする小学生6年生?のトガシ(声:種崎敦美、高校以降:松坂桃李)が、辛い現実を忘れる為に只管速く走ろうとする転校生・小宮(声:悠木碧、高校以降:染谷翔太)と知り合いになって指導を施すうちに、彼は物凄くスピードを得る。
数年後記録の伸び悩むトガシが陸上を辞めようかという心づもりで入った陸上無名高で、廃部予定につきあくせくしていた女子部員二人の為に入部を決め、自分の名前を生かして部の存続を勝ち取るが、次の大会で重要と位置づけられる800m男女混合リレーの為に引きこもりの幽霊部員に声を掛ける。何とその男が中学時代に小学生のトガシにお墨付きを与えたかつてのエリート二神(声:笠間淳)と判って仰天する。しかし、その為に二神は復活するのだ。100mでは再会した小宮にトガシは敗れる。
10年後プロ陸上選手となったトガシはやはり他の選手の後塵を拝している。しかし、他の選手にも色々と苦闘があり、100mに対する思いも違うことが浮かび上がって来る。かくして日本選手権を勝ち抜いたトガシと小宮は最後まで争う。
トガシが最後に記録を求めることに空しさを感じ始めた小宮に“誰よりも早ければ全部解決する”と言う言葉が鮮烈。人生はそんなに簡単に割り切れるものでもないと思うものの、そこに一つのことに人生を賭けて来た若者の人生哲学があり、多分この二人はその人生観で生きていくことが出来るはずである。
しかし、やや理屈が先行した作品のように感じ、必ずしも僕の琴線に触れるものとは言い難い。僕は論理先行の左脳人間である一方、必ずしも理屈っぽい作品が良いと思うわけではない。大半の映画において重要なのは情緒である。ただ、前衛映画を別にして、お話の進行、登場人物の行動において論理的な矛盾を感じさせるのは良くない。
人物の容貌表現は好悪を分けるだろう。僕は余り好かない。本作にのめり込めない所以の一つとなった。
実写の上に二次元アニメを上書きするロトスコープを使用しているらしく、その辺が人物の動きにおいて通常のアニメと多少違う印象を与える所以であるが、初期のロトスコープほど違和感を覚えず。
新海誠監督よろしく風景もその伝で描かれていると思われ、そのせいか、ヤクルトなど実名の看板などが出て来るのが大変良いと思う。何でもかんでも実名を避けたがる日本映画においてこういうことはどんどんやって貰いたい。昨日の実写映画「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」でも舞台でありロケもやった関西大学が実名で出て来たばかり。
邦画で実名表記がなかなかない理由は日本人らしい忖度 (配慮) からであろうが、外国の映画では余程法的に問題が生じかねない場合を別にして学校、警察、企業は大概実名で出て来る。最近東大は比較的よく出てきて改善の傾向を感じる。それでも東大を思わせる学府が帝都大学などとされるケースが多いですな。この象徴天皇の時代に帝都もないものだが。警察は城北署だったり。【群馬県警察】と表記されているパトカーを出しながら、最後まで台詞やパトカー以外の印刷物に県警名を出さなかった「64-ロクヨン-」の例が傑作。一目で分かるというのに。
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