映画評「囚われ人」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2025年スペイン=イタリア合作映画 監督アレハンドロ・アメナーバル
ネタバレあり

僕は日本でもかなりの古典読破派かと思うわけでして、勿論セルバンテスの「ドン・キホーテ」は続編まで完読している。作者ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラの、作家になる前地中海で先日の「戦艦くろがね号」(1926年)よろしく地中海の海賊に捕らえられて、アルジェのパシャに売られて幽閉されていた5年間の悪戦苦闘ぶりを描いている。その経緯自体は史実である。

同じように捕えられていた実在のアントニオ・デ・ソーサが発表した地誌の著書でその経緯に触れているのかもしれないが、20代半ばから30歳くらいのセルバンテス(フリオ・ペーニャ)と元キリスト教徒のパシャであるハッサン(アレッサンドロ・ボルギ)との親密な関係については、脚本兼監督アレハンドロ・アメナーバルの想像もしくは創造であろうと思う。

セルバンテスが同じ俘虜たちにあたかも経験談のように語る “お話” がパシャの耳に留まり、 その続きを聞かせるうちに、パシャはその文才を認めると共に同性愛的関心も抱くようになる。しかるに、汚い手で生き残ろうとする修道士ビアンコ(フェルナンド・テヘロ)に集団脱走の計画が密告され、その首謀者であると自白したセルバンテスは絞殺刑に付されようとするが、仮死したところでパシャが止め、彼の本国への帰還を認めるのである。

セルバンテスの俘虜経験を知ることができたのは、世界文学派たる僕にしてみればかなり興味深いと言える一方で、少し想像にすぎる部分もあるような気もして納得し切れない。史実の間を作者が自由に行き来することを積極的に認める立場であるが、それが芸術的な面白味に昇華しなければいけない。
 本作の場合、セルバンテスがパシャに語る物語がもっと密接に彼の脱走計画と絡み合うところまで行ったら、アメナーバルの旧作「アレクサンドリア」同様に大いに楽しめたのではないか。唯一アントニオが男色に耽っていた息子に唾を吐き、 その後に “許す” と言った言葉が、 お話の中のパシャが姫に言う言葉として再現されているものの、この程度では物足りない。

日本では劇場未公開作に当たる。

この映画からは相互の改宗が簡単にできるような印象を受けるが、イスラム教への改宗はできても、イスラム教からキリスト教に戻るのは、本来はできない。イスラム教は原則改宗を認めていない。

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