映画評「キング・オブ・キングス」(1927年)

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1927年アメリカ映画 監督セシル・B・デミル
ネタバレあり

「十誡」(1923年)で成功したセシル・B・デミルが再度史劇大作に臨んだのが本作である。
 僕が中学生の時に初めて観たキリストの生涯を描いた作品は本作と同じ邦題の「キング・オブ・キングス」であった。1961年に作られたもので、それ以来「ジーザス・クライスト・スーパースター」「偉大な生涯の物語」など総括的なものも部分的なものも色々と観ているので、お話自体は何の新味もない。

この映画に同時代的に価値があるとしたら、キリストが顔付きで出て来たことであるらしい。それまでは「ベン・ハー」(1959年)のように手や足を見せるだけに終始するのが常套であったとのこと。

映画のイエス伝では、大体において始まりは既にナザレのイエスが民衆の間に評判になってから。
 本作ではマグダラのマリア(ジャクリーン・ローガン)が彼と接して改心するところから始まり、イエス(H・B・ウォーナー)が盲目の少年を治し、死人を蘇らせる奇跡群の後、その人気に嫉妬する司祭(ルドルフ・シルドクラウト)が弟子のユダ(ジョゼフ・シルドクラウト)を買収して居場所を突き止めると、ローマ総督ピラト(ヴィクター・ヴァルコーニ)に讒言してイエスを死刑にしようとするが、彼の善行を知っているピラトは鞭打ちだけで済まそうとする。どうしても司祭らユダヤ側が納得しないのを見て、お前たちの問題だと言って去る。
 かくして彼の死刑が決まり、イエスは十字架を背負い処刑の地ゴルゴタの丘に向かって歩み出す。しかし、彼の死後、神は怒って土地を揺らし一部の愚かな人を懲らしめる。そしてイエスは予言通り自ら三日後に復活して昇天する。

イエス伝を読むのが面倒臭いという初心者には非常に解りやすく作られている。158分ほどの長尺だが、とりわけ前半はあっと言う間に過ぎる。
 イエスの言動は宗教に縁遠くても人間存在そのものに興味がある方なら絶対知っておいた方が良いわけで、観ているうちに神々しさに圧倒されるような気がして来る。最近の変てこなキリスト教原理主義ドラマのような妙な説教臭さがないのが良い。

さる聖書至上主義の宗派の人と話した時に彼らの宗教脳に驚かされた。キリストの存在を信ずるかと訊かれたので“イエス”と半分洒落みたいなことを言って答えたら、存在を信ずるのにその言うことは信じないのか?と言われたのである。日本語で【信ずる】の意味は大きく二つに分けられるが、その混同が甚だしい。80年前に死んだヒトラーの存在を疑う人はいないと同時に、彼のユダヤ人排除に賛同する人もいないではないか。

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