
今月は、恐らく監督としての業績のほうが大きいこの方。巨漢としても有名でしたね。
主演も兼ねた監督デビュー作は映画史に残る作品。以降もなかなか優れた作品が多いものの、デビュー作のインパクトが強くて損をしている感があります。映画館で観た変則ドキュメンタリー映画も面白かった。僕はまだ若かったので真価を理解したとまでは言えないのですが。
俳優としての代表作は、この画像の出典元となるスリラー映画でしょう。出演時間は多くないのに強烈な印象を残しましたよね。作品自体もスーパーにすばらしい。
例によって、ベテランには非常に易しい問題です!
この記事へのコメント
「市民ケーン」は、アメリカで大変評価が高いですね。テクニック面への評価が高いのかな。
あと、ヨーロッパの映画だったんですかね、わりとB級よりの娯楽映画だったと記憶するんですが、脇役で出ていて、カード使ったテーブルマジックを見せていましたね。映画自体はよく覚えていません。
じつは、個人的には、才気があるのは分かるのですが、オレは才気あるんだぜ!という自意識が鼻についてしかたがない、そういう印象が強くて、苦手です。しかし、尊敬すべきアメリカ映画史に名を遺す偉人ですよね。
オー〇ン・ウェ〇ズ
ただ、ヒッチコックが画面でつなぐというのとは、ちょっと次元が異なる「?」になってるんですね。
画像は「第三の男」。
これと「市民ケーン」がまず思い出されますね。
主役よりも重要な脇役の印象が強いです。
wikiで調べると「ジェーン・エア」とか「白鯨」なんかで十瑠少年は会ってるみたいです。
パン・フォーカスの件では「市民ケーン」よりも先にワイラー作品で使っていたとか、昔なんかの雑誌で読んだ気がします。技術論よりもその効果が目立ったのかなぁ。
wikiを読むと、例の宇宙人来襲のラジオ放送は伝えられるようなパニック騒動にはなっていないとか書いてました。
やれやれ、どっちがフェイクだか・・・。
印象に残っている作品は、やっぱり「市民ケーン」と「第三の男」。
特に「市民ケーン」で見せた、監督としての斬新な技法。
ローアングルからトップを狙う、見上げたアングルや、もうこれ以上は出来ないと考えられうる限りに、増殖するもので埋め尽くされた背景の斬新さ。
ブレヒトの異化という手法とパラレルな、我々観る者を画面の中に感情移入させずに、覚めたままでいさせるカット、ディープフォーカス、構成。
このような、有り余るほどの魅惑的なアイディアに満ち溢れた表現技法で、自己主張してやまない才能のほとばしり。
俳優としては、やはり「第三の男」での悪役ハリー・ライムの演技が素晴らしかった。
この金の亡者のような冷酷なアメリカ人を、なんとも魅力的に、愛らしく演じて、この作品の中では、決して多くない出演時間ながら、おいしいところを全て持っていきましたね。
このカリスマ的なヒールであれば、アリダ・ヴァリ演じるヒロインでなくとも、夢中にならずにはいられないでしょう。
白黒の画面の中で、輝くような笑顔と、陰鬱な悪を使い分け、その落差の大きさが、単なる悪役にはとどまらない、人間としての業の深さを表していましたね。
これほど魅力的な悪役は、他にちょっと思いつかないほど、強い個性を持っていたと思います。
>NHKの世界名作映画劇場っていったんですかね、それで観た「市民ケーン」
1973年に本格的に始まり、年10本平均程度で本当に名作中の名作をやってくれましたね。
その年に「市民ケーン」という映画史上トップとされるアメリカ映画の存在を知り、この番組に出るのを待っていました。4年後くらいにやっと出るのを知り、欣喜雀躍しましたうよ。
で、解ったようで結局説明が付かないという感想を覚え、学校の映画友達とその辺りを話し合った記憶があります。
>冒頭でのひっかかるミス
うーむ、何だったか。思い出せません。
>「市民ケーン」は、アメリカで大変評価が高いですね。テクニック面への評価が高いのかな。
一番言われるのはパン・フォーカスですが、結果的に縦の構図を生かすショットが多かったですね。
しかし、それだけでは映画史上のNo.1に何度も選ばれるのは難しい。やはり脚本の出来栄えでしょう。
>カード使ったテーブルマジックを見せ
何だろうなあ。
「007/カジノ・ロワイヤル」(喜劇版)ならカード・シーンがあっても不思議ではないですが。
>主役よりも重要な脇役の印象が強いです。
実際自作を別にすると、主演作品は少ないですね。
>パン・フォーカスの件では「市民ケーン」よりも先にワイラー作品で使っていたと
>技術論よりもその効果が目立ったのかなぁ。
ワイラーの撮影監督もグレッグ・トーランドなど天才が多い。ワイラー作品の画面も実は素晴らしいですね。
ただ、パン・フォーカス故の縦の構図を徹底的に生かしたのは本作が最初だったのではないですかね。ジョゼフ・コットンを手前においてウェルズが奥にいる構図など忘れがたいです。
「上海から来た女」はパロディー的に使われることが多く、「燃えよドラゴン」とか、ウッディー・アレンも繰り出していました。
>ディープフォーカス、構成
縦の構図を生かす為にパン・フォーカスを使ったのか、これがあるから縦の構図を用いたのか。
構成と言えば、最後と最初の呼応とか、歴訪型の確立とか。
歴訪型で思い出す「舞踏会の手帖」はもっと古いですが、オムニバス的でしたから、歴訪形式の意図が違いましたね。
>「第三の男」
どこからどこまで全てが美しい映画でしたねえ。
ウェルズのハリー・ライムが圧巻。
老いたケーンが死に際に「ローズバッド(バラの蕾)」という言葉を漏らして、ベッドから落ちるかたちで亡くなるんですが、そのとき周りに人が誰もいないのですよ。物音を聞きつけて死んだ後に人が部屋に入って来る。
だから、死の間際にいった「ローズバッド」を聞いた人がいないんです。
でも、観客は言ったのを聞いているので、その後ケーンの最期の言葉だったとして劇はそのまま続いていくんですね。観てる側は不都合を感じないまま。
>死の間際にいった「ローズバッド」を聞いた人がいないんです。
なるほど。
同時に、nesskoさんも言及しているように、観ている間に気にならないのであれば、それは問題と見なすべきではないですし、寧ろ巧く嘘をついていると褒めるべきでしょうね。映画は上手く嘘をついて何ぼ。