映画評「フロントライン」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2025年日本映画 監督・関根光才
ネタバレあり
2020年2月に起きたダイヤモンド・プリンセス号事件をテーマにした実話ものである。
さて、僕の不満に応えるが如く (笑) 実話の映画化が日本でも増えてきたが、相変わらず実名を使わない。しかるに、この映画に関して、そうでなくてもデマや誹謗中傷の多いテーマだけに、個人名に実名を使わなかったのもむべなるかなと思うし、その旨をきちんと最後に字幕で述べている。こんな映画は邦画では観たことがない。
ダイヤモンド・プリンセス号と受け入れを表明した藤田医科大学病院は実名で出て来る。良いですな。テレビ局は実在しない中央テレビ。モデルはあったのですかな。
昨年NHK「新プロジェクトX」がこのテーマを取り上げ、本作のモデルであろう医療関係者数名(3名だったか)を証言者として出演させ、その経緯を描く、大変感動的なドキュメントに仕上げていた。
映画は「新プロジェクトX」のスタンスだけでは劇映画とは言えないので、インシュリン注射の必要な母親(三村里江)や夫を真っ先に病院に送り出した外国人婦人という二組の患者側を加えた。これは実話にあってもなくても実話ものとしての価値に影響はない。
2020年2月横浜に停泊中のダイヤモンド・プリンセスでコロナ患者が発生する。その対応を、厚労省の中堅官僚・松坂桃李が、本来の業務から外れる横浜のDMAT(災害派遣医療チーム)に強引に引き受けさせる。官僚と現場の橋渡し役的なリーダーが小栗旬、現場(フロントライン)のリーダー格が窪塚洋介。池松壮亮の医師も最前線で頑張らざるを得ない。
そんな中ですぐに船から下ろされた大学教授による、船内の活動ぶりが適正ではないことを告発する動画が出、それをテレビ局が煽り、あるいは子供の親たちからの心無い差別から船に入らない或いは入れない関係者が大量に出て来る。当然受け入れない病院が殆どである。
この辺りはニュース番組で腐るほどやっていたので、説明するまでもないくらい。
そんな病院にあっても限られた人数の受け入れに留まる、それも少数の病院に限られる中で、自ら声を上げたのが出来たばかり(厳密には未完成)の藤田医科大学病院である。
悪役は大学教授とTV局報道局幹部・光石研という配置なのだが、大衆にマスゴミなどと言う資格はない。彼らが程度が低いと感じるバラエティ番組も、犯罪被害者に対する過度な取材も、低俗な少なからぬ大衆の欲求がなければなくなる。邦画の題名に関しても同じである。日本大衆には弱い単語や措辞が多く、かつ題名に内容を求めたがるから、高級ファンが文句を垂れる邦題が頻発する。
閑話休題。
実話ものとしてよくまとめていると思う。救急治療に絡むフィクション映画とは違う抑制的な描写が目立つ。つまり概ね地味であり、映画として際立った表現も殆どない。
そんな中で印象に残ったカメラワークがある。小栗と、光石に批判的になりつつある現場記者?桜井ユキが、病院の屋上で対峙する場面である。Allcinemaで投稿者の某氏がここについて詳細に技術的な難しさを含めて説明しているが、僕はもっと単純に、二人を少々変な位置に配置する横の構図において、質問する桜井ユキから答える小栗にカメラがそのタイミングに合わせて徐々にパンするのが映画言語として美しいと思ったのだ。
今年去年以上にはしかが流行っている。昨年秋に僕は反コロナ・ワクチンの友人に、反ワクチンのケネディ厚生長官のせいかもしれないと言った。彼は“だら (馬鹿) な”と石川弁で答えたが、関係がないとも言い切れない。実際には反ワク拠点のテキサス州がひどいわけで、ここには大量の日本人が行かないが、どこでどう繋がるのか解らないのかグローバル時代の現在である。次回民主党政権が誕生したら、ケネディは訴えられるのではないかと思う。
2025年日本映画 監督・関根光才
ネタバレあり
2020年2月に起きたダイヤモンド・プリンセス号事件をテーマにした実話ものである。
さて、僕の不満に応えるが如く (笑) 実話の映画化が日本でも増えてきたが、相変わらず実名を使わない。しかるに、この映画に関して、そうでなくてもデマや誹謗中傷の多いテーマだけに、個人名に実名を使わなかったのもむべなるかなと思うし、その旨をきちんと最後に字幕で述べている。こんな映画は邦画では観たことがない。
ダイヤモンド・プリンセス号と受け入れを表明した藤田医科大学病院は実名で出て来る。良いですな。テレビ局は実在しない中央テレビ。モデルはあったのですかな。
昨年NHK「新プロジェクトX」がこのテーマを取り上げ、本作のモデルであろう医療関係者数名(3名だったか)を証言者として出演させ、その経緯を描く、大変感動的なドキュメントに仕上げていた。
映画は「新プロジェクトX」のスタンスだけでは劇映画とは言えないので、インシュリン注射の必要な母親(三村里江)や夫を真っ先に病院に送り出した外国人婦人という二組の患者側を加えた。これは実話にあってもなくても実話ものとしての価値に影響はない。
2020年2月横浜に停泊中のダイヤモンド・プリンセスでコロナ患者が発生する。その対応を、厚労省の中堅官僚・松坂桃李が、本来の業務から外れる横浜のDMAT(災害派遣医療チーム)に強引に引き受けさせる。官僚と現場の橋渡し役的なリーダーが小栗旬、現場(フロントライン)のリーダー格が窪塚洋介。池松壮亮の医師も最前線で頑張らざるを得ない。
そんな中ですぐに船から下ろされた大学教授による、船内の活動ぶりが適正ではないことを告発する動画が出、それをテレビ局が煽り、あるいは子供の親たちからの心無い差別から船に入らない或いは入れない関係者が大量に出て来る。当然受け入れない病院が殆どである。
この辺りはニュース番組で腐るほどやっていたので、説明するまでもないくらい。
そんな病院にあっても限られた人数の受け入れに留まる、それも少数の病院に限られる中で、自ら声を上げたのが出来たばかり(厳密には未完成)の藤田医科大学病院である。
悪役は大学教授とTV局報道局幹部・光石研という配置なのだが、大衆にマスゴミなどと言う資格はない。彼らが程度が低いと感じるバラエティ番組も、犯罪被害者に対する過度な取材も、低俗な少なからぬ大衆の欲求がなければなくなる。邦画の題名に関しても同じである。日本大衆には弱い単語や措辞が多く、かつ題名に内容を求めたがるから、高級ファンが文句を垂れる邦題が頻発する。
閑話休題。
実話ものとしてよくまとめていると思う。救急治療に絡むフィクション映画とは違う抑制的な描写が目立つ。つまり概ね地味であり、映画として際立った表現も殆どない。
そんな中で印象に残ったカメラワークがある。小栗と、光石に批判的になりつつある現場記者?桜井ユキが、病院の屋上で対峙する場面である。Allcinemaで投稿者の某氏がここについて詳細に技術的な難しさを含めて説明しているが、僕はもっと単純に、二人を少々変な位置に配置する横の構図において、質問する桜井ユキから答える小栗にカメラがそのタイミングに合わせて徐々にパンするのが映画言語として美しいと思ったのだ。
今年去年以上にはしかが流行っている。昨年秋に僕は反コロナ・ワクチンの友人に、反ワクチンのケネディ厚生長官のせいかもしれないと言った。彼は“だら (馬鹿) な”と石川弁で答えたが、関係がないとも言い切れない。実際には反ワク拠点のテキサス州がひどいわけで、ここには大量の日本人が行かないが、どこでどう繋がるのか解らないのかグローバル時代の現在である。次回民主党政権が誕生したら、ケネディは訴えられるのではないかと思う。
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