<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
     xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
     xmlns:itunes="http://www.itunes.com/DTDs/Podcast-1.0.dtd">
  <channel>
    <title>プロフェッサー・オカピーの部屋</title>
    <link>https://hokapi2.seesaa.net/</link>
    <description>鑑賞した映画を全て採点するガイドブック的ブログ。衛星放送や配信による鑑賞にほぼ限られるので、劇場公開中の映画はほぼありません。※１０点満点（☆２点、★１点）で採点しています。●５点が標準。「個人的に見どころはないが映画館にかけても良い」。●８点は傑作・名作クラス。それ以上は古いお気に入りにつける程度。●世界で作られる映画の絶対数を考え、３点以下も滅多に出しません。◎ＣＤ（アルバム）採点ブログ【オカピーの採点表】を併設しました。ご興味がありましたら、下記まで是非どうぞ。https://hokapi.seesaa.net/</description>
    <language>ja</language>
    <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
    <itunes:subtitle></itunes:subtitle>
    <itunes:summary>鑑賞した映画を全て採点するガイドブック的ブログ。 衛星放送や配信による鑑賞にほぼ限られるので、劇場公開中の映画はほぼありません。  ※１０点満点（☆２点、★１点）で採点しています。 ●５点が標準。「個人的に見どころはないが映画館にかけても良い」。 ●８点は傑作・名作クラス。それ以上は古いお気に入りにつける程度。 ●世界で作られる映画の絶対数を考え、３点以下も滅多に出しません。  ◎ＣＤ（アルバム）採点ブログ【オカピーの採点表】を併設しました。ご興味がありましたら、下記まで是非どうぞ。 https://hokapi.seesaa.net/</itunes:summary>
    <itunes:keywords></itunes:keywords>
    
    <itunes:author>オカピー</itunes:author>
    <itunes:owner>    
       <itunes:name></itunes:name>
       <itunes:email></itunes:email>
    </itunes:owner>
        <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521132792.html</link>
      <title>映画評「火喰鳥を、喰う」</title>
      <pubDate>Tue, 14 Jul 2026 10:03:31 +0900</pubDate>
            <description>☆☆（４点／１０点満点中）２０２５年日本映画　監督・本木克英ネタバレあり原浩というホラー系作家のホラー・ミステリーを原作とするミステリー。ホラーに関して左脳派の僕は論理的に理解しにくいことが多くてどうしても評価が低くなってしまうので、ミステリーの部分に期待して観たが、 どちらかと言えば “ご挨拶に困る” 類の作品である。長野。大学の若い助教である主人公・久喜雄司（水上恒司）が、先祖代々のお墓の名前の一つが物理的に上書きされて消された状態になっているのに気付く。それはニューギニ..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆（４点／１０点満点中）
２０２５年日本映画　監督・本木克英
ネタバレあり

原浩というホラー系作家のホラー・ミステリーを原作とするミステリー。ホラーに関して左脳派の僕は論理的に理解しにくいことが多くてどうしても評価が低くなってしまうので、ミステリーの部分に期待して観たが、 どちらかと言えば “ご挨拶に困る” 類の作品である。

長野。大学の若い助教である主人公・久喜雄司（水上恒司）が、先祖代々のお墓の名前の一つが物理的に上書きされて消された状態になっているのに気付く。それはニューギニアで死んだとされる大伯父・貞一の名前で、程なく彼の日記が女性記者・与沢（森田望智）によりもたらされ、全員読みまわすうちに妻・夕里子（山下美月）の義弟により無記録の最後の日に追記が行われてしまう。カメラマンが “貞一は生きている” と言って、その後体の不調を訴える。
　程なく祖父が謎の失踪を遂げ、貞一の代わりに墓に彼の名前が現れる。夕里子は昔のＢＦで超常現象に精通する北斗（宮舘涼太）を呼ぶが、彼の発言通りに行動するうちに事態は妙な具合になり、夕里子が弟などいないと言った後、北斗により埋められているのを目撃する。彼に北斗の陰謀をし知らせに車を走らせる与沢は燃える車の中で死ぬ。

といった具合に次々と怪奇現象が起こるが、この部分のミステリー的解釈は概ね強い執念を持つ北斗による超常現象を利用した陰謀という理解で良いと思う。

主人公が北斗を殺すことで北斗の目標は達せられる。その心は、それによって夢と現実が一種のパラレル・ワールドとして逆転するからである。つまり、その世界では貞一が死なず孫娘（佐伯日菜子）と暮らすのが現実。夕里子と結婚するのは北斗で、雄司は助教ではなくプラネタリウムの職員になっている。
　最後に二人がすれ違って互いを見るところで終わるので、終盤の世界は夢ではなく北斗により人工的に作られたものであり、北斗が何もしなければ雄司と夕里子が結ばれているのが本来（正）の現実なのだと思う。

細かいところで色々疑問があり、北斗の超常現象的陰謀が作用したとしても、夕里子が自分に弟はいないと発言する等、論理的に正しく理解できない点が幾つかある。僕は論理的な人間なので、感覚的に解れば良いと言う立場はなかなか取れない。
　お話の構図は解るが、超常現象と個人の執念との関係が説明しきれていず、僕には納得できない映画に終わった。

先進国で民主主義が定着したと思った時代に、トランプのような名誉欲の権化のような人物がアメリカ大統領になって、世界を翻弄するほうが余程怪奇ですよ。周囲が阿呆だと言えばそれまでだが、それだけのカリスマ性があるのは認めざるを得ない。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆（４点／１０点満点中）<br />２０２５年日本映画　監督・本木克英<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />原浩というホラー系作家のホラー・ミステリーを原作とするミステリー。ホラーに関して左脳派の僕は論理的に理解しにくいことが多くてどうしても評価が低くなってしまうので、ミステリーの部分に期待して観たが、 どちらかと言えば “ご挨拶に困る” 類の作品である。<br /><br />長野。大学の若い助教である主人公・久喜雄司（水上恒司）が、先祖代々のお墓の名前の一つが物理的に上書きされて消された状態になっているのに気付く。それはニューギニアで死んだとされる大伯父・貞一の名前で、程なく彼の日記が女性記者・与沢（森田望智）によりもたらされ、全員読みまわすうちに妻・夕里子（山下美月）の義弟により無記録の最後の日に追記が行われてしまう。カメラマンが “貞一は生きている” と言って、その後体の不調を訴える。<br />　程なく祖父が謎の失踪を遂げ、貞一の代わりに墓に彼の名前が現れる。夕里子は昔のＢＦで超常現象に精通する北斗（宮舘涼太）を呼ぶが、彼の発言通りに行動するうちに事態は妙な具合になり、夕里子が弟などいないと言った後、北斗により埋められているのを目撃する。彼に北斗の陰謀をし知らせに車を走らせる与沢は燃える車の中で死ぬ。<br /><br />といった具合に次々と怪奇現象が起こるが、この部分のミステリー的解釈は概ね強い執念を持つ北斗による超常現象を利用した陰謀という理解で良いと思う。<br /><br />主人公が北斗を殺すことで北斗の目標は達せられる。その心は、それによって夢と現実が一種のパラレル・ワールドとして逆転するからである。つまり、その世界では貞一が死なず孫娘（佐伯日菜子）と暮らすのが現実。夕里子と結婚するのは北斗で、雄司は助教ではなくプラネタリウムの職員になっている。<br />　最後に二人がすれ違って互いを見るところで終わるので、終盤の世界は夢ではなく北斗により人工的に作られたものであり、北斗が何もしなければ雄司と夕里子が結ばれているのが本来（正）の現実なのだと思う。<br /><br />細かいところで色々疑問があり、北斗の超常現象的陰謀が作用したとしても、夕里子が自分に弟はいないと発言する等、論理的に正しく理解できない点が幾つかある。僕は論理的な人間なので、感覚的に解れば良いと言う立場はなかなか取れない。<br />　お話の構図は解るが、超常現象と個人の執念との関係が説明しきれていず、僕には納得できない映画に終わった。<br /><br /><strong>先進国で民主主義が定着したと思った時代に、トランプのような名誉欲の権化のような人物がアメリカ大統領になって、世界を翻弄するほうが余程怪奇ですよ。周囲が阿呆だと言えばそれまでだが、それだけのカリスマ性があるのは認めざるを得ない。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521132792</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521124204.html</link>
      <title>映画評「ジョン・レノン＆ヨーコ・オノ：One to One」</title>
      <pubDate>Mon, 13 Jul 2026 08:35:13 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆★（７点／１０点満点中）２０２４年アメリカ映画　監督ケヴィン・マクドナルド、サム・ライス＝エドワーズネタバレありそこに特化するわけではないもののジョン・レノンＶＳアメリカ合衆国を軸に据えてはいる。これについてあるいはその周辺については色々な形で観て来て新味をそれほど感じない一方、結構な秀作ドキュメントりーになっていると思う。前半は「ライブ・イン・ニューヨーク・シティ」での演奏を聴かせつつ、その時代にジョンとヨーコが歌に取り上げた、ジョン・シンクレア事件など様々な事件の様..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆★（７点／１０点満点中）
２０２４年アメリカ映画　監督ケヴィン・マクドナルド、サム・ライス＝エドワーズ
ネタバレあり

そこに特化するわけではないもののジョン・レノンＶＳアメリカ合衆国を軸に据えてはいる。これについてあるいはその周辺については色々な形で観て来て新味をそれほど感じない一方、結構な秀作ドキュメントりーになっていると思う。

前半は「ライブ・イン・ニューヨーク・シティ」での演奏を聴かせつつ、その時代にジョンとヨーコが歌に取り上げた、ジョン・シンクレア事件など様々な事件の様子を紹介する。北アイルランド独立を願ったり、ベトナム戦争反対の訴えは歌曲となり、ライヴでも多く歌われる。「マザー」のテーマとなった個人史についても触れている。
　他方この時代の小野洋子が前夫との娘キョーコを前夫に奪われ長いこと音信が取れなかった悲劇について触れられて、なかなか興味深いものがあった。

後半は、前半の激しさとは少々趣きを変え、ダウン症などの知的障碍児童の為に開いたチャリティのワン・トゥ・ワン・コンサートについて。スティーヴィー・ワンダーも出演している。
　その間に小野洋子の男女差別に関する発言もあり、彼女に関する情報が従来の作品より多く取り込まれている。結局この後ジョンは追放処分を免れ市民権を得る。この判断はアメリカ司法のファイン・プレイだったと思う。但し、数年後の暗殺は離米していたらなかったかもしれないと思うと複雑な心境にもなるが。ヨーコは１９９４年にキョーコと２０数年ぶりに再会したと紹介されてじーんとさせる。

かくジョン・レノンと小野洋子に関してこれまでより幅広く扱っていて、とりとめない印象を受けつつも、相当興味深く観た。

しかし、この映画はそれ以上に、ＴＶ画面を通じて見せるという形で、当時の社会から政治までの様々の映像をコラージュ的に紹介することで、当時の、現在にも似て分断するアメリカの社会と政治とを浮かび上がらせているところに価値があるのではないか、という気がする。

僕が初めて買ったＬＤ（レーザーディスク）は「ライブ・イン・ニューヨーク・シティ」ではなかったかな。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆★（７点／１０点満点中）<br />２０２４年アメリカ映画　監督ケヴィン・マクドナルド、サム・ライス＝エドワーズ<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />そこに特化するわけではないもののジョン・レノンＶＳアメリカ合衆国を軸に据えてはいる。これについてあるいはその周辺については色々な形で観て来て新味をそれほど感じない一方、結構な秀作ドキュメントりーになっていると思う。<br /><br />前半は「ライブ・イン・ニューヨーク・シティ」での演奏を聴かせつつ、その時代にジョンとヨーコが歌に取り上げた、ジョン・シンクレア事件など様々な事件の様子を紹介する。北アイルランド独立を願ったり、ベトナム戦争反対の訴えは歌曲となり、ライヴでも多く歌われる。「マザー」のテーマとなった個人史についても触れている。<br />　他方この時代の小野洋子が前夫との娘キョーコを前夫に奪われ長いこと音信が取れなかった悲劇について触れられて、なかなか興味深いものがあった。<br /><br />後半は、前半の激しさとは少々趣きを変え、ダウン症などの知的障碍児童の為に開いたチャリティのワン・トゥ・ワン・コンサートについて。スティーヴィー・ワンダーも出演している。<br />　その間に小野洋子の男女差別に関する発言もあり、彼女に関する情報が従来の作品より多く取り込まれている。結局この後ジョンは追放処分を免れ市民権を得る。この判断はアメリカ司法のファイン・プレイだったと思う。但し、数年後の暗殺は離米していたらなかったかもしれないと思うと複雑な心境にもなるが。ヨーコは１９９４年にキョーコと２０数年ぶりに再会したと紹介されてじーんとさせる。<br /><br />かくジョン・レノンと小野洋子に関してこれまでより幅広く扱っていて、とりとめない印象を受けつつも、相当興味深く観た。<br /><br />しかし、この映画はそれ以上に、ＴＶ画面を通じて見せるという形で、当時の社会から政治までの様々の映像をコラージュ的に紹介することで、当時の、現在にも似て分断するアメリカの社会と政治とを浮かび上がらせているところに価値があるのではないか、という気がする。<br /><br /><strong>僕が初めて買ったＬＤ（レーザーディスク）は「ライブ・イン・ニューヨーク・シティ」ではなかったかな。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521124204</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521117931.html</link>
      <title>映画評「プロジェクト・ヘイル・メアリー」</title>
      <pubDate>Sun, 12 Jul 2026 09:12:37 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆☆（８点／１０点満点中）２０２６年アメリカ映画　監督フィル・ロード、クリストファー・ミラーネタバレありアンディ・ウィアーというＳＦ作家の作品は、映画化作品「オデッセイ」（原作邦題は「火星の人」）や本作から判断すると、本格ＳＦではあるが、大衆性が案外高いのではないだろうか？　本作は序盤ぐっと本格ＳＦっぽい。宇宙船内で目覚めた分子生物学者グレース博士（ライアン・ゴズリング）は、操縦士ともう一人の学者が死んでいることに気付いた後、脳の働きが明晰になるに従い、過去を思い出してい..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆☆（８点／１０点満点中）
２０２６年アメリカ映画　監督フィル・ロード、クリストファー・ミラー
ネタバレあり

アンディ・ウィアーというＳＦ作家の作品は、映画化作品「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/201612article_10.html" target="_blank">オデッセイ</a>」（原作邦題は「火星の人」）や本作から判断すると、本格ＳＦではあるが、大衆性が案外高いのではないだろうか？　本作は序盤ぐっと本格ＳＦっぽい。

宇宙船内で目覚めた分子生物学者グレース博士（ライアン・ゴズリング）は、操縦士ともう一人の学者が死んでいることに気付いた後、脳の働きが明晰になるに従い、過去を思い出していく。
　中学教師時代に、太陽のエネルギーを食べる生命体による “星喰い” の現象の為に近い未来に極端な地球寒冷化が起き、地球人の大多数を殺すその危機を阻止する対策の為に大学者に伍して彼が実質リーダーとなり、本人の承認なしに強引に眠らされて宇宙空間に送り出されたのである。

純粋にＳＦ的なところが面倒臭いので省くとして、一人で活動を続け、恒星群のうちこの現象の影響を受けていない星に接近するうち、エイリアンの宇宙船を発見し、カニと蜘蛛の間のような宇宙人と遭遇、平和的な彼とうまくコミュニケーションが取れるようになる。
　実際の期間は掴めないもののすぐさまに翻訳機を作ってしまうのは些かご都合主義的にすぎるが、二人はかくして互いの特徴や文化を理解していく。

本作を総括すると、 僕の印象では、「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200604article_13.html" target="_blank">２００１年宇宙の旅</a>」meets「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200601article_23.html" target="_blank">Ｅ・Ｔ</a>」である。
　序盤「２００１年宇宙の旅」ほど哲学的ではないにしても宇宙に一人残された男を通して哲学ＳＦに入っていくのかと思わせておいて、平和主義的エイリアンが現れたところからバディーもの、それも児童文学的になってしまうので、肩透かしを食らう印象もなくはない。それなら「Ｅ・Ｔ」のほうが純度が高く遥かに立派な出来栄えである。
　とは言え、岩のような外観からロッキーと名付けたエイリアンが自分の帰還を延ばしても相棒グレースの帰還を優先させ、グレースが捕獲した生物を地球に送りさえすれば残された科学者の知恵により地球の危険は回避できると考え、放射線に弱いロッキーの為に舞い戻ってその危機を救うという、友情に基づく行為の交換にぐっと来る。

最後はほぼお子様向けの内容ながら、すこぶる感動的と言うべし。さすがは僕を唸らせた秀作アニメ「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/201011article_8.html" target="_blank">くもりときどきミートボール</a>」（２００９年）を作ったフィル・ロードとクリストファー・ミラーの監督作だけのことはある。

タモリと山中伸弥らが出演する「知的探求フロンティア」という番組で宇宙について語られていた。宇宙そのものが多数あるだろうという僕の長年の疑問はほぼ確定的な事実らしい。しかし、その宇宙は何もないものばかり、と言うのは、生命が生まれた地球を抱く太陽系を抱く銀河系を抱く宇宙であるには幾つもある条件が同時に成立している必要がある為結果的に０が何十個もつくような低確率であるから。勉強になりました。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆☆（８点／１０点満点中）<br />２０２６年アメリカ映画　監督フィル・ロード、クリストファー・ミラー<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />アンディ・ウィアーというＳＦ作家の作品は、映画化作品「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/201612article_10.html" target="_blank">オデッセイ</a>」（原作邦題は「火星の人」）や本作から判断すると、本格ＳＦではあるが、大衆性が案外高いのではないだろうか？　本作は序盤ぐっと本格ＳＦっぽい。<br /><br />宇宙船内で目覚めた分子生物学者グレース博士（ライアン・ゴズリング）は、操縦士ともう一人の学者が死んでいることに気付いた後、脳の働きが明晰になるに従い、過去を思い出していく。<br />　中学教師時代に、太陽のエネルギーを食べる生命体による “星喰い” の現象の為に近い未来に極端な地球寒冷化が起き、地球人の大多数を殺すその危機を阻止する対策の為に大学者に伍して彼が実質リーダーとなり、本人の承認なしに強引に眠らされて宇宙空間に送り出されたのである。<br /><br />純粋にＳＦ的なところが面倒臭いので省くとして、一人で活動を続け、恒星群のうちこの現象の影響を受けていない星に接近するうち、エイリアンの宇宙船を発見し、カニと蜘蛛の間のような宇宙人と遭遇、平和的な彼とうまくコミュニケーションが取れるようになる。<br />　実際の期間は掴めないもののすぐさまに翻訳機を作ってしまうのは些かご都合主義的にすぎるが、二人はかくして互いの特徴や文化を理解していく。<br /><br />本作を総括すると、 僕の印象では、「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200604article_13.html" target="_blank">２００１年宇宙の旅</a>」meets「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200601article_23.html" target="_blank">Ｅ・Ｔ</a>」である。<br />　序盤「２００１年宇宙の旅」ほど哲学的ではないにしても宇宙に一人残された男を通して哲学ＳＦに入っていくのかと思わせておいて、平和主義的エイリアンが現れたところからバディーもの、それも児童文学的になってしまうので、肩透かしを食らう印象もなくはない。それなら「Ｅ・Ｔ」のほうが純度が高く遥かに立派な出来栄えである。<br />　とは言え、岩のような外観からロッキーと名付けたエイリアンが自分の帰還を延ばしても相棒グレースの帰還を優先させ、グレースが捕獲した生物を地球に送りさえすれば残された科学者の知恵により地球の危険は回避できると考え、放射線に弱いロッキーの為に舞い戻ってその危機を救うという、友情に基づく行為の交換にぐっと来る。<br /><br />最後はほぼお子様向けの内容ながら、すこぶる感動的と言うべし。さすがは僕を唸らせた秀作アニメ「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/201011article_8.html" target="_blank">くもりときどきミートボール</a>」（２００９年）を作ったフィル・ロードとクリストファー・ミラーの監督作だけのことはある。<br /><br /><strong>タモリと山中伸弥らが出演する「知的探求フロンティア」という番組で宇宙について語られていた。宇宙そのものが多数あるだろうという僕の長年の疑問はほぼ確定的な事実らしい。しかし、その宇宙は何もないものばかり、と言うのは、生命が生まれた地球を抱く太陽系を抱く銀河系を抱く宇宙であるには幾つもある条件が同時に成立している必要がある為結果的に０が何十個もつくような低確率であるから。勉強になりました。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521117931</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521111593.html</link>
      <title>映画評「捜索者」</title>
      <pubDate>Sat, 11 Jul 2026 08:29:01 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆☆（８点／１０点満点中）１９５６年アメリカ映画　監督ジョン・フォードネタバレあり半月前にジョン・フォードの長編映画デビュー作「誉の名手」（１９１７年）を観て、開け放たれた扉口から外を見せるという手法を繰り返していたので、ぐっとクリアにそれを見せていたとおぼろげに記憶する凡そ４０年後製作の本作を観ることにした。勿論、再鑑賞。南北戦争終了から３年後のテキサス。エドワーズ一家に巨漢イーサン（ジョン・ウェイン）が現れる。行方知れずになっていた戸主の兄である。ところが、その直後に..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆☆（８点／１０点満点中）
１９５６年アメリカ映画　監督ジョン・フォード
ネタバレあり

半月前にジョン・フォードの長編映画デビュー作「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/520995647.html" target="_blank">誉の名手</a>」（１９１７年）を観て、開け放たれた扉口から外を見せるという手法を繰り返していたので、ぐっとクリアにそれを見せていたとおぼろげに記憶する凡そ４０年後製作の本作を観ることにした。勿論、再鑑賞。

南北戦争終了から３年後のテキサス。エドワーズ一家に巨漢イーサン（ジョン・ウェイン）が現れる。行方知れずになっていた戸主の兄である。ところが、その直後にコマンチ族が襲撃をかけ、両親は殺され、姉ルーシーと妹デビ―（ラナ・ウッド）が誘拐される。
　イーサンは二人をさらったスカーの隊を、チェロキー族の血を持つ一家の養子マーティン（ジェフリー・ハンター）と共に追いかける。追っても追っても相手は逃げ、その間にインディアン相手の商人の真似事をして情報を得て次第に接近していく。
　殺人犯としてのイーサンを追うのも仕事とする守備隊と協力してコマンチに接近、姉娘は既に殺された判明した後やがてデビーを発見するも彼女はコマンチ化が進んでいるように見え、生前彼女の母親に言われていたイーサンは射殺しようとする。コマンチの襲撃で彼女は危険を回避する。イーサンも肉親の情は変えられず、彼女を祖父母ッジョーゲンセン夫婦の待つ家に送り届ける。

画面はシネマスコープだから大体において横の構図を生かすショットが多いが、その中で都合６回出て来る暗い中から外を見せるショットは当然縦の構図として効果を発揮する。
　そのうち４回（１回は曖昧な見せ方）は開けられた扉口、２回は洞窟からである。冒頭と中盤一度ウェインらがジョーゲンセン家にやって来るところ、逃げるデビーをイーサンが追って来るのを見せるショットは鮮烈極まりない。こういう映像、ショットを見ると映画ファンは胸を躍らせるのである。

ジョン・ウェインの如くがたいのしっかりした映画であるが、お話には多少緩みがあり、中でも気に入らないのが、フォードの悪趣味と言って良いお笑いの挿入である。ウェインとモーリーン・オハラの夫婦喧嘩コンビの映画ならともかく、ウェインの復讐者的な厳しさと残虐とをトーンの基調とする本作においては大いに違和感を覚える次第である。
　その中で現地の商慣習でインディアンの年増を若いマーティンが妻として迎える辺りのユーモアには微笑ましいものがあるものの、そんな流れで観客として憎めなくなくなった彼女が追跡隊に殺されてしまうところに悲しくなる。それだったらあんな微笑ましい場面など入れずにおいたほうが良かったものを。

何度も言っているが、略奪者（白人）とまだ戦っている時のインディアンを先住民と訳すことのほうが余程差別である。その意味では原住民のほうがまだ良い。インディアンは差別用語と言うより本当のインド人（英語ではインディアン）と区別がしにくく、新大陸とか発見とか言う白人の傲慢な言い方が白人自身により見直された例と同種の言い方変更なのではないか？　北米には大きくインディアンとイヌイット／エスキモー系の先住民がい、区別が必要の場合（居留地、管理局など）インディアンは使うべきである。エスキモーとイヌイットは違う種族なので、こちらは一緒にしたら双方ともに不愉快なはず。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆☆（８点／１０点満点中）<br />１９５６年アメリカ映画　監督ジョン・フォード<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />半月前にジョン・フォードの長編映画デビュー作「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/520995647.html" target="_blank">誉の名手</a>」（１９１７年）を観て、開け放たれた扉口から外を見せるという手法を繰り返していたので、ぐっとクリアにそれを見せていたとおぼろげに記憶する凡そ４０年後製作の本作を観ることにした。勿論、再鑑賞。<br /><br />南北戦争終了から３年後のテキサス。エドワーズ一家に巨漢イーサン（ジョン・ウェイン）が現れる。行方知れずになっていた戸主の兄である。ところが、その直後にコマンチ族が襲撃をかけ、両親は殺され、姉ルーシーと妹デビ―（ラナ・ウッド）が誘拐される。<br />　イーサンは二人をさらったスカーの隊を、チェロキー族の血を持つ一家の養子マーティン（ジェフリー・ハンター）と共に追いかける。追っても追っても相手は逃げ、その間にインディアン相手の商人の真似事をして情報を得て次第に接近していく。<br />　殺人犯としてのイーサンを追うのも仕事とする守備隊と協力してコマンチに接近、姉娘は既に殺された判明した後やがてデビーを発見するも彼女はコマンチ化が進んでいるように見え、生前彼女の母親に言われていたイーサンは射殺しようとする。コマンチの襲撃で彼女は危険を回避する。イーサンも肉親の情は変えられず、彼女を祖父母ッジョーゲンセン夫婦の待つ家に送り届ける。<br /><br />画面はシネマスコープだから大体において横の構図を生かすショットが多いが、その中で都合６回出て来る暗い中から外を見せるショットは当然縦の構図として効果を発揮する。<br />　そのうち４回（１回は曖昧な見せ方）は開けられた扉口、２回は洞窟からである。冒頭と中盤一度ウェインらがジョーゲンセン家にやって来るところ、逃げるデビーをイーサンが追って来るのを見せるショットは鮮烈極まりない。こういう映像、ショットを見ると映画ファンは胸を躍らせるのである。<br /><br />ジョン・ウェインの如くがたいのしっかりした映画であるが、お話には多少緩みがあり、中でも気に入らないのが、フォードの悪趣味と言って良いお笑いの挿入である。ウェインとモーリーン・オハラの夫婦喧嘩コンビの映画ならともかく、ウェインの復讐者的な厳しさと残虐とをトーンの基調とする本作においては大いに違和感を覚える次第である。<br />　その中で現地の商慣習でインディアンの年増を若いマーティンが妻として迎える辺りのユーモアには微笑ましいものがあるものの、そんな流れで観客として憎めなくなくなった彼女が追跡隊に殺されてしまうところに悲しくなる。それだったらあんな微笑ましい場面など入れずにおいたほうが良かったものを。<br /><br /><strong>何度も言っているが、略奪者（白人）とまだ戦っている時のインディアンを先住民と訳すことのほうが余程差別である。その意味では原住民のほうがまだ良い。インディアンは差別用語と言うより本当のインド人（英語ではインディアン）と区別がしにくく、新大陸とか発見とか言う白人の傲慢な言い方が白人自身により見直された例と同種の言い方変更なのではないか？　北米には大きくインディアンとイヌイット／エスキモー系の先住民がい、区別が必要の場合（居留地、管理局など）インディアンは使うべきである。エスキモーとイヌイットは違う種族なので、こちらは一緒にしたら双方ともに不愉快なはず。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521111593</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521104796.html</link>
      <title>映画評「港々に女あり」</title>
      <pubDate>Fri, 10 Jul 2026 08:30:49 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆☆（８点／１０点満点中）１９２８年アメリカ映画　監督ハワード・ホークスネタバレありハワード・ホークスの戦前作品は少なからず観ているが、サイレントは初めてと思う。ホークスらしいコメディーである。実際はどうなのか知らないが、世界中を回る船乗りは港町ごとに恋人がいるという原則に則って作られている。女好きの船員ヴィクター・マクラグレンは、自分が誘った女性が必ず決まって同じマークの刺青をしているのが不愉快極まりない。喧嘩して入れられた留置場で知り合った男ロバート・アームストロング..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆☆（８点／１０点満点中）
１９２８年アメリカ映画　監督ハワード・ホークス
ネタバレあり

ハワード・ホークスの戦前作品は少なからず観ているが、サイレントは初めてと思う。ホークスらしいコメディーである。実際はどうなのか知らないが、世界中を回る船乗りは港町ごとに恋人がいるという原則に則って作られている。

女好きの船員ヴィクター・マクラグレンは、自分が誘った女性が必ず決まって同じマークの刺青をしているのが不愉快極まりない。喧嘩して入れられた留置場で知り合った男ロバート・アームストロングがそのマークの指輪をしていることに気付き、したたかにやっつけてやろうとするが、結局は同じ船で仕事をする親友になる。
　マルセイユに着き、アームストロングが不調で船に残っている時に繰り出した街で飛び込みを見せる女軽業師ルイーズ・ブルックスにのぼせ上るが、この手のコメディーを見慣れている観客の予想通りアームストロングの元彼女である。マクラグレンは嫉妬するが、気持ちを抑えて尋ね単なる昔の彼女と知って安心、元の仲に復する。

男の友情を、コミカルにして少々暴力的な要素と経緯を以って豪快に見せるところに冒頭に述べたホークスらしさの所以があるが、これをボーイズ・ラヴもの的とするのはどうか。それを言ったら男の友情などありえないことになりはしないか？
　と言いつつ (笑)、実は僕もその気を感じないでもなかった。勘の悪い道徳家や保守派が気付かない程度にそれを描いたような気がしないでもないのである。一応考えすぎということにしておく。

僕が気に入ったのは、マクラグレンが目を付けた女性を口説こうとする横でアームストロングが喧嘩を始めそうになるので、それを止めに入る。それを繰り返して３度目にはアームストロングも倒す、というお笑いである。それを繰り返して笑いを誘い、３度目にそれを予想できなさそうでできる形に変化を付け、さらに笑わせる。
　ファース（笑劇）の定石（通りの見せ方）であるが、上手く予想通りに見せるのも優れた定石の利用と言うべきで、僕は結構感心させられた。

船員には世界各地に恋人がいるという設定はこの作品が広めたのかもしれませんな。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆☆（８点／１０点満点中）<br />１９２８年アメリカ映画　監督ハワード・ホークス<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />ハワード・ホークスの戦前作品は少なからず観ているが、サイレントは初めてと思う。ホークスらしいコメディーである。実際はどうなのか知らないが、世界中を回る船乗りは港町ごとに恋人がいるという原則に則って作られている。<br /><br />女好きの船員ヴィクター・マクラグレンは、自分が誘った女性が必ず決まって同じマークの刺青をしているのが不愉快極まりない。喧嘩して入れられた留置場で知り合った男ロバート・アームストロングがそのマークの指輪をしていることに気付き、したたかにやっつけてやろうとするが、結局は同じ船で仕事をする親友になる。<br />　マルセイユに着き、アームストロングが不調で船に残っている時に繰り出した街で飛び込みを見せる女軽業師ルイーズ・ブルックスにのぼせ上るが、この手のコメディーを見慣れている観客の予想通りアームストロングの元彼女である。マクラグレンは嫉妬するが、気持ちを抑えて尋ね単なる昔の彼女と知って安心、元の仲に復する。<br /><br />男の友情を、コミカルにして少々暴力的な要素と経緯を以って豪快に見せるところに冒頭に述べたホークスらしさの所以があるが、これをボーイズ・ラヴもの的とするのはどうか。それを言ったら男の友情などありえないことになりはしないか？<br />　と言いつつ (笑)、実は僕もその気を感じないでもなかった。勘の悪い道徳家や保守派が気付かない程度にそれを描いたような気がしないでもないのである。一応考えすぎということにしておく。<br /><br />僕が気に入ったのは、マクラグレンが目を付けた女性を口説こうとする横でアームストロングが喧嘩を始めそうになるので、それを止めに入る。それを繰り返して３度目にはアームストロングも倒す、というお笑いである。それを繰り返して笑いを誘い、３度目にそれを予想できなさそうでできる形に変化を付け、さらに笑わせる。<br />　ファース（笑劇）の定石（通りの見せ方）であるが、上手く予想通りに見せるのも優れた定石の利用と言うべきで、僕は結構感心させられた。<br /><br /><strong>船員には世界各地に恋人がいるという設定はこの作品が広めたのかもしれませんな。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521104796</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521098434.html</link>
      <title>映画評「最後のピクニック」</title>
      <pubDate>Thu, 09 Jul 2026 09:49:21 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆（６点／１０点満点中）２０２３年韓国映画　監督キム・ヨンギュンネタバレあり２０１３年の英国映画「２度目のはなればなれ」より１年後に作られたことを考えると、本作を書いたチョ・ヨンミなる脚本家がかの作品を観て参考にした可能性を感じる。幕切れが似ている。現在のソウル。地方出身の老婦人ウンシム（ナ・ムニ）はパーキンソン病を患っている。息子が詐欺まがいの事業をやっているが行き詰まり、自分の金の狙っているのにも頭を悩ます。　そんな折に彼の細君の母にして故郷の幼馴染グムスン（キム・ヨ..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）
２０２３年韓国映画　監督キム・ヨンギュン
ネタバレあり

２０１３年の英国映画「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/516307613.html" target="_blank">２度目のはなればなれ</a>」より１年後に作られたことを考えると、本作を書いたチョ・ヨンミなる脚本家がかの作品を観て参考にした可能性を感じる。幕切れが似ている。

現在のソウル。地方出身の老婦人ウンシム（ナ・ムニ）はパーキンソン病を患っている。息子が詐欺まがいの事業をやっているが行き詰まり、自分の金の狙っているのにも頭を悩ます。
　そんな折に彼の細君の母にして故郷の幼馴染グムスン（キム・ヨンオク）が現れる。彼女にほだされて６０年ぶりに帰郷し、彼女を慕っていたテホ（パク・クニョン）と再会し、彼のなかなかの好々爺ぶりに気持ちが若返る。村は開発問題に揺れていて、老いも若きもデモを繰り広げている。グムスンだけが我関せずという感じである。

序盤から事あるごとにウンシムは若き日々を思い起こすが、かつて彼女の家の男衆が村を揺らすようなことをやり、母親も夭折して村を離れたらしいのだが、この辺が正確に解らない。大勢に影響はないと思うものの、左脳派としてはすっきりしないものを覚える。

村に滞在するうちに息子の事業関係者が自殺する事件が起き、集団訴訟になりそうである。他方、グムスンが骨粗鬆症で起き上がれないこともしばしばで絶望するのを目撃、パーキンソン病が徐々に悪化するウンシムは家を売って、金を狙っている息子の代わりに嫁即ちグムスンの娘にお金を残すことにした後、グムスンを誘って海の見える崖の上まで “遠足” に出ることにする。

“遠足” が冥土への旅路であることは想像に難くないが、二人が実際に飛び降り心中でもするかは判然としない。いずれにしても「２度目のはなればなれ」で老夫婦が海を見つめながら “一緒に行く” ことを誓うラスト・シーンを思い出させるわけである。かの夫婦は別々にしかし間をおかず自然死する。どちらも互いの愛情を打ち出して終わるが、片方は自然死、片方はあるいは心中かという展開の違いを見せる。やや社会派の要素があるということかもしれない。

高齢者の様子に涙が出て来た。と言うのも、老婦人たちの病気を見てとても他人事（ひとごと）には思えなかったからである。今年になって腰が痛いわ、立ち上がる時に背骨が痛いわで、年齢を感じるようになった。去年まではなかったのだが。去年暮れに高さ２ｍの脚立ごと落下した後遺症であろうか。

高齢者版「テルマ＆ルイーズ」（１９９１年）という意見も拝見しました。このブログにやって来る女性陣には評判が悪い映画ですが、僕も思い出しましたよ。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）<br />２０２３年韓国映画　監督キム・ヨンギュン<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />２０１３年の英国映画「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/516307613.html" target="_blank">２度目のはなればなれ</a>」より１年後に作られたことを考えると、本作を書いたチョ・ヨンミなる脚本家がかの作品を観て参考にした可能性を感じる。幕切れが似ている。<br /><br />現在のソウル。地方出身の老婦人ウンシム（ナ・ムニ）はパーキンソン病を患っている。息子が詐欺まがいの事業をやっているが行き詰まり、自分の金の狙っているのにも頭を悩ます。<br />　そんな折に彼の細君の母にして故郷の幼馴染グムスン（キム・ヨンオク）が現れる。彼女にほだされて６０年ぶりに帰郷し、彼女を慕っていたテホ（パク・クニョン）と再会し、彼のなかなかの好々爺ぶりに気持ちが若返る。村は開発問題に揺れていて、老いも若きもデモを繰り広げている。グムスンだけが我関せずという感じである。<br /><br />序盤から事あるごとにウンシムは若き日々を思い起こすが、かつて彼女の家の男衆が村を揺らすようなことをやり、母親も夭折して村を離れたらしいのだが、この辺が正確に解らない。大勢に影響はないと思うものの、左脳派としてはすっきりしないものを覚える。<br /><br />村に滞在するうちに息子の事業関係者が自殺する事件が起き、集団訴訟になりそうである。他方、グムスンが骨粗鬆症で起き上がれないこともしばしばで絶望するのを目撃、パーキンソン病が徐々に悪化するウンシムは家を売って、金を狙っている息子の代わりに嫁即ちグムスンの娘にお金を残すことにした後、グムスンを誘って海の見える崖の上まで “遠足” に出ることにする。<br /><br />“遠足” が冥土への旅路であることは想像に難くないが、二人が実際に飛び降り心中でもするかは判然としない。いずれにしても「２度目のはなればなれ」で老夫婦が海を見つめながら “一緒に行く” ことを誓うラスト・シーンを思い出させるわけである。かの夫婦は別々にしかし間をおかず自然死する。どちらも互いの愛情を打ち出して終わるが、片方は自然死、片方はあるいは心中かという展開の違いを見せる。やや社会派の要素があるということかもしれない。<br /><br />高齢者の様子に涙が出て来た。と言うのも、老婦人たちの病気を見てとても他人事（ひとごと）には思えなかったからである。今年になって腰が痛いわ、立ち上がる時に背骨が痛いわで、年齢を感じるようになった。去年まではなかったのだが。去年暮れに高さ２ｍの脚立ごと落下した後遺症であろうか。<br /><br /><strong>高齢者版「テルマ＆ルイーズ」（１９９１年）という意見も拝見しました。このブログにやって来る女性陣には評判が悪い映画ですが、僕も思い出しましたよ。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521098434</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521090992.html</link>
      <title>映画評「ファンファーレ！ふたつの音」</title>
      <pubDate>Wed, 08 Jul 2026 08:41:29 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆★（７点／１０点満点中）２０２４年フランス映画　監督エマニュエル・クールコルネタバレありビートルズの「恋に落ちたら」If I Fellという名曲があり、色々と難しいことをやっているのだが、主旋律と副旋律がジョン・レノンかポール・マッカートニーか判然としないというのが特に面白いのだ。Ａメロ（厳密には歌によるイントロ）をジョンが歌っているのでそのままジョンが主旋律を歌っていると考えるのが普通で、実際その通りで間違いないと思うが、ある人曰く、Ｃメロ（本当はＢメロ＝ブリッジ）で..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆★（７点／１０点満点中）
２０２４年フランス映画　監督エマニュエル・クールコル
ネタバレあり

ビートルズの「恋に落ちたら」If I Fellという名曲があり、色々と難しいことをやっているのだが、主旋律と副旋律がジョン・レノンかポール・マッカートニーか判然としないというのが特に面白いのだ。Ａメロ（厳密には歌によるイントロ）をジョンが歌っているのでそのままジョンが主旋律を歌っていると考えるのが普通で、実際その通りで間違いないと思うが、ある人曰く、Ｃメロ（本当はＢメロ＝ブリッジ）でポールに主旋律が移る、と。
　何でこんなことを述べたかと言いますと、この映画の作り方がそんな感じなのである。まして音楽がテーマの映画ですからね。

世界的な指揮者でクラシック作曲家のティボ（バンジャマン・ラヴェルネ）が白血病に倒れる。骨髄移植を妹に求めた結果血縁関係のないことが判明し、調べていくと両親とも同じ弟ジミー（ピエール・ロッタン）に行き着く。二人とも別の家の養子になったのだ。
　上流階級の家に育ったティボに対して、下層階級に育ち現在も生活に苦労しているジミーは反感を覚えるもそこは兄弟、骨髄移植に応ずる。音楽好き故に気の合うところも多い兄弟で、ティボは、ジミーが所属する鉱山音楽隊が難局にぶつかっているのを見て、弟に指揮の仕方などを伝授していく。

骨髄移植の “成功” から後は、ジミーやその所属する階級とりわけ別れた細君の工場閉鎖に絡む騒動といった苦闘が彼らの音楽活動の背景として揺曳するようになる。主旋律からジョンからポールに移った感があるところである。
　しかるに映画はここで変化球を投げる。骨髄移植は成功していなかったと判明するのである。

そんな状況の下ティボが苦痛の中で完成させた自作曲を指揮し終えると、突然スティックによる「ボレロ」が二階席から聞こえ、やがてアカペラによる合唱が始まり、これにオーケストラの面々が各楽器を弾き始める。かの曲に匹敵するような素晴らしいハーモニーに感動を禁じ得ないことになる。
　途中から一時英国映画界が大量に作った復興実話もののようになっていくと思わせておいて、最後はティボに戻り、しかり、それにジミー側が深く絡むという構成に少々驚いた。

大衆的だが、通俗に少なくとも低俗には陥っていない内容に拍手を送りたい。うるさ型でも余程ひねくれていない限り喜んで観ることができるのではないかという気がする。

英語の chorus には二つの意味があり、一つは日本人も使うコーラスだが、もう一つは日本語の【サビ】にほぼ相当する音楽用語だ。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆★（７点／１０点満点中）<br />２０２４年フランス映画　監督エマニュエル・クールコル<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />ビートルズの「恋に落ちたら」If I Fellという名曲があり、色々と難しいことをやっているのだが、主旋律と副旋律がジョン・レノンかポール・マッカートニーか判然としないというのが特に面白いのだ。Ａメロ（厳密には歌によるイントロ）をジョンが歌っているのでそのままジョンが主旋律を歌っていると考えるのが普通で、実際その通りで間違いないと思うが、ある人曰く、Ｃメロ（本当はＢメロ＝ブリッジ）でポールに主旋律が移る、と。<br />　何でこんなことを述べたかと言いますと、この映画の作り方がそんな感じなのである。まして音楽がテーマの映画ですからね。<br /><br />世界的な指揮者でクラシック作曲家のティボ（バンジャマン・ラヴェルネ）が白血病に倒れる。骨髄移植を妹に求めた結果血縁関係のないことが判明し、調べていくと両親とも同じ弟ジミー（ピエール・ロッタン）に行き着く。二人とも別の家の養子になったのだ。<br />　上流階級の家に育ったティボに対して、下層階級に育ち現在も生活に苦労しているジミーは反感を覚えるもそこは兄弟、骨髄移植に応ずる。音楽好き故に気の合うところも多い兄弟で、ティボは、ジミーが所属する鉱山音楽隊が難局にぶつかっているのを見て、弟に指揮の仕方などを伝授していく。<br /><br />骨髄移植の “成功” から後は、ジミーやその所属する階級とりわけ別れた細君の工場閉鎖に絡む騒動といった苦闘が彼らの音楽活動の背景として揺曳するようになる。主旋律からジョンからポールに移った感があるところである。<br />　しかるに映画はここで変化球を投げる。骨髄移植は成功していなかったと判明するのである。<br /><br />そんな状況の下ティボが苦痛の中で完成させた自作曲を指揮し終えると、突然スティックによる「ボレロ」が二階席から聞こえ、やがてアカペラによる合唱が始まり、これにオーケストラの面々が各楽器を弾き始める。かの曲に匹敵するような素晴らしいハーモニーに感動を禁じ得ないことになる。<br />　途中から一時英国映画界が大量に作った復興実話もののようになっていくと思わせておいて、最後はティボに戻り、しかり、それにジミー側が深く絡むという構成に少々驚いた。<br /><br />大衆的だが、通俗に少なくとも低俗には陥っていない内容に拍手を送りたい。うるさ型でも余程ひねくれていない限り喜んで観ることができるのではないかという気がする。<br /><br /><strong>英語の chorus には二つの意味があり、一つは日本人も使うコーラスだが、もう一つは日本語の【サビ】にほぼ相当する音楽用語だ。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521090992</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521084212.html</link>
      <title>映画評「フロントライン」</title>
      <pubDate>Tue, 07 Jul 2026 08:46:43 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆（６点／１０点満点中）２０２５年日本映画　監督・関根光才ネタバレあり２０２０年２月に起きたダイヤモンド・プリンセス号事件をテーマにした実話ものである。さて、僕の不満に応えるが如く (笑) 実話の映画化が日本でも増えてきたが、相変わらず実名を使わない。しかるに、この映画に関して、そうでなくてもデマや誹謗中傷の多いテーマだけに、個人名に実名を使わなかったのもむべなるかなと思うし、その旨をきちんと最後に字幕で述べている。こんな映画は邦画では観たことがない。　ダイヤモンド・プリ..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）
２０２５年日本映画　監督・関根光才
ネタバレあり

２０２０年２月に起きたダイヤモンド・プリンセス号事件をテーマにした実話ものである。

さて、僕の不満に応えるが如く (笑) 実話の映画化が日本でも増えてきたが、相変わらず実名を使わない。しかるに、この映画に関して、そうでなくてもデマや誹謗中傷の多いテーマだけに、個人名に実名を使わなかったのもむべなるかなと思うし、その旨をきちんと最後に字幕で述べている。こんな映画は邦画では観たことがない。
　ダイヤモンド・プリンセス号と受け入れを表明した藤田医科大学病院は実名で出て来る。良いですな。テレビ局は実在しない中央テレビ。モデルはあったのですかな。

昨年ＮＨＫ「新プロジェクトＸ」がこのテーマを取り上げ、本作のモデルであろう医療関係者数名（３名だったか）を証言者として出演させ、その経緯を描く、大変感動的なドキュメントに仕上げていた。
　映画は「新プロジェクトＸ」のスタンスだけでは劇映画とは言えないので、インシュリン注射の必要な母親（三村里江）や夫を真っ先に病院に送り出した外国人婦人という二組の患者側を加えた。これは実話にあってもなくても実話ものとしての価値に影響はない。

２０２０年２月横浜に停泊中のダイヤモンド・プリンセスでコロナ患者が発生する。その対応を、厚労省の中堅官僚・松坂桃李が、本来の業務から外れる横浜のＤＭＡＴ（災害派遣医療チーム）に強引に引き受けさせる。官僚と現場の橋渡し役的なリーダーが小栗旬、現場（フロントライン）のリーダー格が窪塚洋介。池松壮亮の医師も最前線で頑張らざるを得ない。
　そんな中ですぐに船から下ろされた大学教授による、船内の活動ぶりが適正ではないことを告発する動画が出、それをテレビ局が煽り、あるいは子供の親たちからの心無い差別から船に入らない或いは入れない関係者が大量に出て来る。当然受け入れない病院が殆どである。
　この辺りはニュース番組で腐るほどやっていたので、説明するまでもないくらい。
　そんな病院にあっても限られた人数の受け入れに留まる、それも少数の病院に限られる中で、自ら声を上げたのが出来たばかり（厳密には未完成）の藤田医科大学病院である。

悪役は大学教授とＴＶ局報道局幹部・光石研という配置なのだが、大衆にマスゴミなどと言う資格はない。彼らが程度が低いと感じるバラエティ番組も、犯罪被害者に対する過度な取材も、低俗な少なからぬ大衆の欲求がなければなくなる。邦画の題名に関しても同じである。日本大衆には弱い単語や措辞が多く、かつ題名に内容を求めたがるから、高級ファンが文句を垂れる邦題が頻発する。

閑話休題。
　実話ものとしてよくまとめていると思う。救急治療に絡むフィクション映画とは違う抑制的な描写が目立つ。つまり概ね地味であり、映画として際立った表現も殆どない。
　そんな中で印象に残ったカメラワークがある。小栗と、光石に批判的になりつつある現場記者？桜井ユキが、病院の屋上で対峙する場面である。Allcinemaで投稿者の某氏がここについて詳細に技術的な難しさを含めて説明しているが、僕はもっと単純に、二人を少々変な位置に配置する横の構図において、質問する桜井ユキから答える小栗にカメラがそのタイミングに合わせて徐々にパンするのが映画言語として美しいと思ったのだ。

今年去年以上にはしかが流行っている。昨年秋に僕は反コロナ・ワクチンの友人に、反ワクチンのケネディ厚生長官のせいかもしれないと言った。彼は“だら (馬鹿) な”と石川弁で答えたが、関係がないとも言い切れない。実際には反ワク拠点のテキサス州がひどいわけで、ここには大量の日本人が行かないが、どこでどう繋がるのか解らないのかグローバル時代の現在である。次回民主党政権が誕生したら、ケネディは訴えられるのではないかと思う。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）<br />２０２５年日本映画　監督・関根光才<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />２０２０年２月に起きたダイヤモンド・プリンセス号事件をテーマにした実話ものである。<br /><br />さて、僕の不満に応えるが如く (笑) 実話の映画化が日本でも増えてきたが、相変わらず実名を使わない。しかるに、この映画に関して、そうでなくてもデマや誹謗中傷の多いテーマだけに、個人名に実名を使わなかったのもむべなるかなと思うし、その旨をきちんと最後に字幕で述べている。こんな映画は邦画では観たことがない。<br />　ダイヤモンド・プリンセス号と受け入れを表明した藤田医科大学病院は実名で出て来る。良いですな。テレビ局は実在しない中央テレビ。モデルはあったのですかな。<br /><br />昨年ＮＨＫ「新プロジェクトＸ」がこのテーマを取り上げ、本作のモデルであろう医療関係者数名（３名だったか）を証言者として出演させ、その経緯を描く、大変感動的なドキュメントに仕上げていた。<br />　映画は「新プロジェクトＸ」のスタンスだけでは劇映画とは言えないので、インシュリン注射の必要な母親（三村里江）や夫を真っ先に病院に送り出した外国人婦人という二組の患者側を加えた。これは実話にあってもなくても実話ものとしての価値に影響はない。<br /><br />２０２０年２月横浜に停泊中のダイヤモンド・プリンセスでコロナ患者が発生する。その対応を、厚労省の中堅官僚・松坂桃李が、本来の業務から外れる横浜のＤＭＡＴ（災害派遣医療チーム）に強引に引き受けさせる。官僚と現場の橋渡し役的なリーダーが小栗旬、現場（フロントライン）のリーダー格が窪塚洋介。池松壮亮の医師も最前線で頑張らざるを得ない。<br />　そんな中ですぐに船から下ろされた大学教授による、船内の活動ぶりが適正ではないことを告発する動画が出、それをテレビ局が煽り、あるいは子供の親たちからの心無い差別から船に入らない或いは入れない関係者が大量に出て来る。当然受け入れない病院が殆どである。<br />　この辺りはニュース番組で腐るほどやっていたので、説明するまでもないくらい。<br />　そんな病院にあっても限られた人数の受け入れに留まる、それも少数の病院に限られる中で、自ら声を上げたのが出来たばかり（厳密には未完成）の藤田医科大学病院である。<br /><br />悪役は大学教授とＴＶ局報道局幹部・光石研という配置なのだが、大衆にマスゴミなどと言う資格はない。彼らが程度が低いと感じるバラエティ番組も、犯罪被害者に対する過度な取材も、低俗な少なからぬ大衆の欲求がなければなくなる。邦画の題名に関しても同じである。日本大衆には弱い単語や措辞が多く、かつ題名に内容を求めたがるから、高級ファンが文句を垂れる邦題が頻発する。<br /><br />閑話休題。<br />　実話ものとしてよくまとめていると思う。救急治療に絡むフィクション映画とは違う抑制的な描写が目立つ。つまり概ね地味であり、映画として際立った表現も殆どない。<br />　そんな中で印象に残ったカメラワークがある。小栗と、光石に批判的になりつつある現場記者？桜井ユキが、病院の屋上で対峙する場面である。Allcinemaで投稿者の某氏がここについて詳細に技術的な難しさを含めて説明しているが、僕はもっと単純に、二人を少々変な位置に配置する横の構図において、質問する桜井ユキから答える小栗にカメラがそのタイミングに合わせて徐々にパンするのが映画言語として美しいと思ったのだ。<br /><br /><strong>今年去年以上にはしかが流行っている。昨年秋に僕は反コロナ・ワクチンの友人に、反ワクチンのケネディ厚生長官のせいかもしれないと言った。彼は“だら (馬鹿) な”と石川弁で答えたが、関係がないとも言い切れない。実際には反ワク拠点のテキサス州がひどいわけで、ここには大量の日本人が行かないが、どこでどう繋がるのか解らないのかグローバル時代の現在である。次回民主党政権が誕生したら、ケネディは訴えられるのではないかと思う。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521084212</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521078517.html</link>
      <title>映画評「KNEECAP／ニーキャップ」</title>
      <pubDate>Mon, 06 Jul 2026 12:28:49 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆（６点／１０点満点中）２０２４年アイルランド＝イギリス合作映画　監督リッチ・ペピアットネタバレあり２１世紀になり世界音楽の潮流はラップとなったので、ラップ・ミュージシャンのサクセス・ストーリーを綴る映画が増えている。　尤も、最近僕はラップは音楽ではなく、新しい芸術分野ではないかと考えている。歌は文学と音楽の合体であるが、サンプリングと言って既成曲をＢＧＭの如く利用して自作の詩を披露するタイプのものなどは音楽の “歌” とは少し違う気がするのである。いずれにしても積極的に..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）
２０２４年アイルランド＝イギリス合作映画　監督リッチ・ペピアット
ネタバレあり

２１世紀になり世界音楽の潮流はラップとなったので、ラップ・ミュージシャンのサクセス・ストーリーを綴る映画が増えている。
　尤も、最近僕はラップは音楽ではなく、新しい芸術分野ではないかと考えている。歌は文学と音楽の合体であるが、サンプリングと言って既成曲をＢＧＭの如く利用して自作の詩を披露するタイプのものなどは音楽の “歌” とは少し違う気がするのである。いずれにしても積極的に聴かないジャンルだから、余り気が進まずに観ることも多い。

本作は、モウグリ・バップ通称ニーシャ、モ・カラ通称リーアム、ＤＪプロヴィあるいはＪＪの三人から成る北アイルランドのラップ・グループ “ニーキャップ” のプロとなっていく様子を描いてい、主役が本人たちが演じている。
　その割にドキュメンタリー性は希薄でかなりフィクショナルな印象を覚える。大型カメラでじっくり描いているということもあるだろう。
　それでいてサクセス・ストーリーというより彼らのアイルランドへの帰属意識を中心に綴り、ちょっと変わったタイプの伝記映画になっている。そして、彼らの人気は北アイルランド大衆の反英の立場に立脚する。

北アイルランドでは以前のような直接的なテロ行為はなくなったという印象を、日本にいる僕は受けているが、それでも反英的な意識が強い人や宗教的に馴染まないカトリック教徒が多いわけで、彼らは反英意識の為に英語を話さないのである。
　この映画の面白さは言葉と民族意識の関係を示したことにあると思う。麻薬売買を生業としているメンバー（当時は二人）の一人を捕えた英国人女性刑事（ジョシー・ウォーカー）は英語を話せないことを証明しないと公務執行妨害に当たるなどと言っている。実に興味深い。

その時彼女に通訳のような形で選ばれた時に容疑者の才能に気付いたＤＪプロヴィは学校関係者であり、奥方（フィオノーラ・フラハティ）は放送ジャーナリスト。

ラップは個人的なこと、あるいは政治的なことのどちらか或いはその両方を綴ることを多く、彼らは一種政治的な歌詞を歌うタイプである。ラップより北アイルランドに興味がある人が観た方が良いかもしれない。

本格ラップは歌い継がれないと言われている。何故なら自分の名前を出すなど極めて個人的であり、普遍性が低いからだそうだ。一部に例外があるかもしれないものの、納得できるものはある。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）<br />２０２４年アイルランド＝イギリス合作映画　監督リッチ・ペピアット<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />２１世紀になり世界音楽の潮流はラップとなったので、ラップ・ミュージシャンのサクセス・ストーリーを綴る映画が増えている。<br />　尤も、最近僕はラップは音楽ではなく、新しい芸術分野ではないかと考えている。歌は文学と音楽の合体であるが、サンプリングと言って既成曲をＢＧＭの如く利用して自作の詩を披露するタイプのものなどは音楽の “歌” とは少し違う気がするのである。いずれにしても積極的に聴かないジャンルだから、余り気が進まずに観ることも多い。<br /><br />本作は、モウグリ・バップ通称ニーシャ、モ・カラ通称リーアム、ＤＪプロヴィあるいはＪＪの三人から成る北アイルランドのラップ・グループ “ニーキャップ” のプロとなっていく様子を描いてい、主役が本人たちが演じている。<br />　その割にドキュメンタリー性は希薄でかなりフィクショナルな印象を覚える。大型カメラでじっくり描いているということもあるだろう。<br />　それでいてサクセス・ストーリーというより彼らのアイルランドへの帰属意識を中心に綴り、ちょっと変わったタイプの伝記映画になっている。そして、彼らの人気は北アイルランド大衆の反英の立場に立脚する。<br /><br />北アイルランドでは以前のような直接的なテロ行為はなくなったという印象を、日本にいる僕は受けているが、それでも反英的な意識が強い人や宗教的に馴染まないカトリック教徒が多いわけで、彼らは反英意識の為に英語を話さないのである。<br />　この映画の面白さは言葉と民族意識の関係を示したことにあると思う。麻薬売買を生業としているメンバー（当時は二人）の一人を捕えた英国人女性刑事（ジョシー・ウォーカー）は英語を話せないことを証明しないと公務執行妨害に当たるなどと言っている。実に興味深い。<br /><br />その時彼女に通訳のような形で選ばれた時に容疑者の才能に気付いたＤＪプロヴィは学校関係者であり、奥方（フィオノーラ・フラハティ）は放送ジャーナリスト。<br /><br />ラップは個人的なこと、あるいは政治的なことのどちらか或いはその両方を綴ることを多く、彼らは一種政治的な歌詞を歌うタイプである。ラップより北アイルランドに興味がある人が観た方が良いかもしれない。<br /><br /><strong>本格ラップは歌い継がれないと言われている。何故なら自分の名前を出すなど極めて個人的であり、普遍性が低いからだそうだ。一部に例外があるかもしれないものの、納得できるものはある。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521078517</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521070032.html</link>
      <title>画像問題：Who is she/he? No. 55</title>
      <pubDate>Sun, 05 Jul 2026 08:48:01 +0900</pubDate>
            <description>今月は、恐らく監督としての業績のほうが大きいこの方。巨漢としても有名でしたね。　主演も兼ねた監督デビュー作は映画史に残る作品。以降もなかなか優れた作品が多いものの、デビュー作のインパクトが強くて損をしている感があります。映画館で観た変則ドキュメンタリー映画も面白かった。僕はまだ若かったので真価を理解したとまでは言えないのですが。俳優としての代表作は、この画像の出典元となるスリラー映画でしょう。出演時間は多くないのに強烈な印象を残しましたよね。作品自体もスーパーにすばらしい。例..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
<a href="https://hokapi2.up.seesaa.net/image/ow01.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ow01.jpg" src="https://hokapi2.up.seesaa.net/image/ow01-thumbnail2.jpg" width="500" height="454"></a>

今月は、恐らく監督としての業績のほうが大きいこの方。巨漢としても有名でしたね。
　主演も兼ねた監督デビュー作は映画史に残る作品。以降もなかなか優れた作品が多いものの、デビュー作のインパクトが強くて損をしている感があります。映画館で観た変則ドキュメンタリー映画も面白かった。僕はまだ若かったので真価を理解したとまでは言えないのですが。

俳優としての代表作は、この画像の出典元となるスリラー映画でしょう。出演時間は多くないのに強烈な印象を残しましたよね。作品自体もスーパーにすばらしい。

例によって、ベテランには非常に易しい問題です！
<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<a href="https://hokapi2.up.seesaa.net/image/ow01.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ow01.jpg" src="https://hokapi2.up.seesaa.net/image/ow01-thumbnail2.jpg" width="500" height="454" onclick="location.href = 'https://hokapi2.seesaa.net/upload/detail/image/ow01-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />今月は、恐らく監督としての業績のほうが大きいこの方。巨漢としても有名でしたね。<br />　主演も兼ねた監督デビュー作は映画史に残る作品。以降もなかなか優れた作品が多いものの、デビュー作のインパクトが強くて損をしている感があります。映画館で観た変則ドキュメンタリー映画も面白かった。僕はまだ若かったので真価を理解したとまでは言えないのですが。<br /><br />俳優としての代表作は、この画像の出典元となるスリラー映画でしょう。出演時間は多くないのに強烈な印象を残しましたよね。作品自体もスーパーにすばらしい。<br /><br />例によって、ベテランには非常に易しい問題です！<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521070032</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521063305.html</link>
      <title>映画評「タンゴの後で」</title>
      <pubDate>Sat, 04 Jul 2026 08:07:15 +0900</pubDate>
            <description>☆☆★（５点／１０点満点中）２０２４年フランス映画　監督ジェシカ・パルーネタバレあり「ラスト・タンゴ・イン・パリ」（１９７２年）が公開された時僕は中学生だったので、かなりの話題作だったが、観られなかった。当時子供が唯一観られないレイティングであった成人映画に指定されたと思うし、そもそも僕のいる地方に来たかどうか。ちょっとしたポルノ・シーンがあっても当時は子供でも観られた（ピエル・パオロ・パゾリーニ監督「カンタベリー物語」（１９７２年）もテレンス・ヤング監督「アマゾネス」（１９..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆★（５点／１０点満点中）
２０２４年フランス映画　監督ジェシカ・パルー
ネタバレあり

「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200510article_85.html" target="_blank">ラスト・タンゴ・イン・パリ</a>」（１９７２年）が公開された時僕は中学生だったので、かなりの話題作だったが、観られなかった。当時子供が唯一観られないレイティングであった成人映画に指定されたと思うし、そもそも僕のいる地方に来たかどうか。ちょっとしたポルノ・シーンがあっても当時は子供でも観られた（ピエル・パオロ・パゾリーニ監督「カンタベリー物語」（１９７２年）もテレンス・ヤング監督「アマゾネス」（１９７３年）も観た）ものの、これは成人映画だったので子供には無理だったと記憶する。

１６歳のマリア・シュナイダー（アナマリア・ヴァルトロメイ）は、母親（マリー・ジラン）に家を追い出されて、叔父さんの家に少しやっかいになった後、父親ダニエル・ジェラン（イヴァン・アッタル）と同じ俳優業を目指す。
　幾つかの脇役出演の後、気鋭の若手監督ベルナルド・ベルトルッチ（ジュゼッペ・マッジョ）の新作「ラスト・タンゴ・イン・パリ」のヒロイン役に抜擢されるが、聞かされていなかった共演者マーロン・ブランドー（マット・ディロン）との屈辱的なセックス・シーンを強要され、ショックを受ける。これに傷ついた彼女は奇行に走り、麻薬に溺れていく。
　数年後、取材に訪れた二十歳の女子大生ヌール（セレステ・ブリュンケル）の共感を惹き起こし、彼女と同性愛関係を結ぶ。彼女の努力もあって何とか麻薬依存から立ち直る。

ジャーナリストである、凄く年の離れた従妹ヴァネッサ・シュナイダーが書いた伝記を女性監督ジェシカ・パルーが映像に移した。男性はこの手は作りたがりませんな。

最近はインティマシー・コーディネーターなる専門家が性的な描写のある映画やドラマに付くことになっているが、勿論半世紀以上も前にそんな配慮があるわけがない。
　１３歳の時の裸体撮影の関するナスターシャ・キンスキーの訴えに基づきヴィム・ヴェンダースは自作「まわり道」を上映・配信禁止とした。こうした現象に関連して思うことは、時代への考慮が全くないのも少し考えものだということ。例えば、何百年も前の芸術家を同じように扱ったら、世界各地の美術館や図書館で少なからぬ作品が隠されてしまうかもしれない。
　勿論、本作のマリア・シュナイダーがこのようなトラウマを持たざるを得なかったことには同情を禁じ得ない。が、ベルナルド・ベルトルッチをくず扱いにする言動はどうか。
　他方、僕の目には、諸悪の根源は母親ではなかったか、という気がしている。

性搾取の問題を考えさせるにおいてきちんと作られていると思う一方、映画としてそこまでこなれているとも言い切れない。テーマの重要性と映画の価値は別問題なのは言うまでもない。

学校での“さん付けで呼びましょう”運動と軌を一にするのか、ここ十数年で顕著になった偉人・有名人に対する“さん”付けには違和感がある。クイズ番組の人名の答えに“さん”など付ける必要はない。同業者は序列関係等色々あるから一定程度理解するが、“さん”に一切関係のない外国人や亡くなって久しい故人に対して付けるのは気持ちが悪すぎる。“敬称無しが最高の敬称”と述べていた東京新聞の一面コラムが、代替わりしてから、“さん”付けが顕著になった。そこで面白いことに気付いた。山本周五郎（１９６７年死去）、三島由紀夫（１９７０年死去）辺りまでは大概の文責者（現在コラムの書き手は一人ではないと思われる）は敬称無しで通す。１９９６年に亡くなった司馬遼太郎には付ける。が、もっと後に亡くなった水上勉（２００４年死去）には付けない。この差によって書き手が複数いることに気付いたのである。 文芸コラムの書き手は、逆に、殆ど “さん” を付けない。 彼らが“さん”を付けないのと、僕ら無名人が有名人をつかまえて“さん”を付けないのは根拠が違うのだが。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆★（５点／１０点満点中）<br />２０２４年フランス映画　監督ジェシカ・パルー<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200510article_85.html" target="_blank">ラスト・タンゴ・イン・パリ</a>」（１９７２年）が公開された時僕は中学生だったので、かなりの話題作だったが、観られなかった。当時子供が唯一観られないレイティングであった成人映画に指定されたと思うし、そもそも僕のいる地方に来たかどうか。ちょっとしたポルノ・シーンがあっても当時は子供でも観られた（ピエル・パオロ・パゾリーニ監督「カンタベリー物語」（１９７２年）もテレンス・ヤング監督「アマゾネス」（１９７３年）も観た）ものの、これは成人映画だったので子供には無理だったと記憶する。<br /><br />１６歳のマリア・シュナイダー（アナマリア・ヴァルトロメイ）は、母親（マリー・ジラン）に家を追い出されて、叔父さんの家に少しやっかいになった後、父親ダニエル・ジェラン（イヴァン・アッタル）と同じ俳優業を目指す。<br />　幾つかの脇役出演の後、気鋭の若手監督ベルナルド・ベルトルッチ（ジュゼッペ・マッジョ）の新作「ラスト・タンゴ・イン・パリ」のヒロイン役に抜擢されるが、聞かされていなかった共演者マーロン・ブランドー（マット・ディロン）との屈辱的なセックス・シーンを強要され、ショックを受ける。これに傷ついた彼女は奇行に走り、麻薬に溺れていく。<br />　数年後、取材に訪れた二十歳の女子大生ヌール（セレステ・ブリュンケル）の共感を惹き起こし、彼女と同性愛関係を結ぶ。彼女の努力もあって何とか麻薬依存から立ち直る。<br /><br />ジャーナリストである、凄く年の離れた従妹ヴァネッサ・シュナイダーが書いた伝記を女性監督ジェシカ・パルーが映像に移した。男性はこの手は作りたがりませんな。<br /><br />最近はインティマシー・コーディネーターなる専門家が性的な描写のある映画やドラマに付くことになっているが、勿論半世紀以上も前にそんな配慮があるわけがない。<br />　１３歳の時の裸体撮影の関するナスターシャ・キンスキーの訴えに基づきヴィム・ヴェンダースは自作「まわり道」を上映・配信禁止とした。こうした現象に関連して思うことは、時代への考慮が全くないのも少し考えものだということ。例えば、何百年も前の芸術家を同じように扱ったら、世界各地の美術館や図書館で少なからぬ作品が隠されてしまうかもしれない。<br />　勿論、本作のマリア・シュナイダーがこのようなトラウマを持たざるを得なかったことには同情を禁じ得ない。が、ベルナルド・ベルトルッチをくず扱いにする言動はどうか。<br />　他方、僕の目には、諸悪の根源は母親ではなかったか、という気がしている。<br /><br />性搾取の問題を考えさせるにおいてきちんと作られていると思う一方、映画としてそこまでこなれているとも言い切れない。テーマの重要性と映画の価値は別問題なのは言うまでもない。<br /><br /><strong>学校での“さん付けで呼びましょう”運動と軌を一にするのか、ここ十数年で顕著になった偉人・有名人に対する“さん”付けには違和感がある。クイズ番組の人名の答えに“さん”など付ける必要はない。同業者は序列関係等色々あるから一定程度理解するが、“さん”に一切関係のない外国人や亡くなって久しい故人に対して付けるのは気持ちが悪すぎる。“敬称無しが最高の敬称”と述べていた東京新聞の一面コラムが、代替わりしてから、“さん”付けが顕著になった。そこで面白いことに気付いた。山本周五郎（１９６７年死去）、三島由紀夫（１９７０年死去）辺りまでは大概の文責者（現在コラムの書き手は一人ではないと思われる）は敬称無しで通す。１９９６年に亡くなった司馬遼太郎には付ける。が、もっと後に亡くなった水上勉（２００４年死去）には付けない。この差によって書き手が複数いることに気付いたのである。 文芸コラムの書き手は、逆に、殆ど “さん” を付けない。 彼らが“さん”を付けないのと、僕ら無名人が有名人をつかまえて“さん”を付けないのは根拠が違うのだが。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521063305</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521056443.html</link>
      <title>映画評「さよならはスローボールで」</title>
      <pubDate>Fri, 03 Jul 2026 08:04:32 +0900</pubDate>
            <description>☆☆★（５点／１０点満点中）２０２４年アメリカ＝フランス合作映画　監督カースン・ランドネタバレあり高校の後輩である川端俊介君（数年前に若くして亡くなった）をテーマにしたスポーツ・ドキュメンタリー「スローカーブをもう一球」（山際淳司著）を何となく思い出させる邦題。草野球チームの聖地たる野球場が学校建設の為に壊されることが決まり、長年のライバルである２チームが珍妙な試合を繰り広げる。夕暮れとなり同点のままコールドゲームでは締りがつかないと、ナイター設備の代わりに乗って来た車のライ..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆★（５点／１０点満点中）
２０２４年アメリカ＝フランス合作映画　監督カースン・ランド
ネタバレあり

高校の後輩である川端俊介君（数年前に若くして亡くなった）をテーマにしたスポーツ・ドキュメンタリー「スローカーブをもう一球」（山際淳司著）を何となく思い出させる邦題。

草野球チームの聖地たる野球場が学校建設の為に壊されることが決まり、長年のライバルである２チームが珍妙な試合を繰り広げる。夕暮れとなり同点のままコールドゲームでは締りがつかないと、ナイター設備の代わりに乗って来た車のライトを付けて何とか試合続行。最後は押し出しで勝負あり、文字通り締まらない形で終わる。

冒頭に選手が一人遅れた為に試合ができるか否かというサスペンス (笑) があり、彼の打順がやって来たところで丁度本人が到着する。ヒヤヒヤしましたなあ（大嘘）。しかし、時間稼ぎが必要な時に初球を打ってアウトになるのは誠に芸がない。脚本家が阿呆なのか、選手の知恵が足りないのか不明でござる。
　それなのに選手が途中で姪の結婚式で抜けた時はまるで問題になっていない。違うチームで、余裕があったということか。
　審判が途中で帰ってしまう。バックネット越しにスコアを付けていた老人が必要に応じて（両者の言い分がくい違った時）審判を務める。限られたボールがファウルなどで消えると探すこともある。

劇中の選手が投げる球よりは遥かに速いが、のんびりしたコメディーで、邦題から多少は期待されないでもない感動性なども求めることなく、終始おとぼけで推移する。

高校時代まで草野球に没入した経験のある僕には、ボール探しの場面など誠に懐かしく、憎めない作品であるが、こんな映画をよく作りましたよ。

野球映画で多く満足できないのが投手役の役者の投げ方である。バッティング・フォームは何とか格好になっているケースが多いのとは対照的で、手足・胴体の動きがばらばらで手投げにすらなっていない。あれでは速い球はおろかストライクもままならないだろう。こんな冗談みたいな映画でもそこだけは気になる。

数週間前にドジャーズ山本投手が完全試合を逃したのは実に惜しかった。ヒットはおろか四死球でもなく、８回２アウトの段階で名手のエラーで逸した。決してイージーな当たりではなかったものの無難に処理して当たり前の打球だった。エラーも出来ない完全試合ではノーヒット・ノーランと違って野手の緊張度が大きく、それが影響したのだろう。あのエラーがなければ、ＭＬＢ史上第１位タイの打者アウトの連続記録となり、その記録にも届かなかった。とは言え、長い歴史の中で２番目の記録で、大いに誇れる。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆★（５点／１０点満点中）<br />２０２４年アメリカ＝フランス合作映画　監督カースン・ランド<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />高校の後輩である川端俊介君（数年前に若くして亡くなった）をテーマにしたスポーツ・ドキュメンタリー「スローカーブをもう一球」（山際淳司著）を何となく思い出させる邦題。<br /><br />草野球チームの聖地たる野球場が学校建設の為に壊されることが決まり、長年のライバルである２チームが珍妙な試合を繰り広げる。夕暮れとなり同点のままコールドゲームでは締りがつかないと、ナイター設備の代わりに乗って来た車のライトを付けて何とか試合続行。最後は押し出しで勝負あり、文字通り締まらない形で終わる。<br /><br />冒頭に選手が一人遅れた為に試合ができるか否かというサスペンス (笑) があり、彼の打順がやって来たところで丁度本人が到着する。ヒヤヒヤしましたなあ（大嘘）。しかし、時間稼ぎが必要な時に初球を打ってアウトになるのは誠に芸がない。脚本家が阿呆なのか、選手の知恵が足りないのか不明でござる。<br />　それなのに選手が途中で姪の結婚式で抜けた時はまるで問題になっていない。違うチームで、余裕があったということか。<br />　審判が途中で帰ってしまう。バックネット越しにスコアを付けていた老人が必要に応じて（両者の言い分がくい違った時）審判を務める。限られたボールがファウルなどで消えると探すこともある。<br /><br />劇中の選手が投げる球よりは遥かに速いが、のんびりしたコメディーで、邦題から多少は期待されないでもない感動性なども求めることなく、終始おとぼけで推移する。<br /><br />高校時代まで草野球に没入した経験のある僕には、ボール探しの場面など誠に懐かしく、憎めない作品であるが、こんな映画をよく作りましたよ。<br /><br />野球映画で多く満足できないのが投手役の役者の投げ方である。バッティング・フォームは何とか格好になっているケースが多いのとは対照的で、手足・胴体の動きがばらばらで手投げにすらなっていない。あれでは速い球はおろかストライクもままならないだろう。こんな冗談みたいな映画でもそこだけは気になる。<br /><br /><strong>数週間前にドジャーズ山本投手が完全試合を逃したのは実に惜しかった。ヒットはおろか四死球でもなく、８回２アウトの段階で名手のエラーで逸した。決してイージーな当たりではなかったものの無難に処理して当たり前の打球だった。エラーも出来ない完全試合ではノーヒット・ノーランと違って野手の緊張度が大きく、それが影響したのだろう。あのエラーがなければ、ＭＬＢ史上第１位タイの打者アウトの連続記録となり、その記録にも届かなかった。とは言え、長い歴史の中で２番目の記録で、大いに誇れる。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521056443</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521049954.html</link>
      <title>映画評「MELT メルト」</title>
      <pubDate>Thu, 02 Jul 2026 10:06:08 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆（６点／１０点満点中）２０２３年オランダ＝ベルギー合作映画　監督フィーラ・バーテンスネタバレありミヒャエル・ハネケ監督の「ファニー・ゲームＵ.Ｓ.Ａ.」(２００７年）が僕にとって後味の悪い映画Ｎｏ.１である。この映画も後味が悪いが、かの映画とは違って、作った人間をまで呪詛したくなるような感じはない。後味の悪さには幾つかあるということだ。ベルギーの首都ブリュッセルに住む妙齢美人エヴァ（シャルロット・デ・ブライネ）が、メッセージを受信して、故郷の町でかつて死んだ少年ヤンを追..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）
２０２３年オランダ＝ベルギー合作映画　監督フィーラ・バーテンス
ネタバレあり

ミヒャエル・ハネケ監督の「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200911article_19.html" target="_blank">ファニー・ゲームＵ.Ｓ.Ａ.</a>」(２００７年）が僕にとって後味の悪い映画Ｎｏ.１である。この映画も後味が悪いが、かの映画とは違って、作った人間をまで呪詛したくなるような感じはない。後味の悪さには幾つかあるということだ。

ベルギーの首都ブリュッセルに住む妙齢美人エヴァ（シャルロット・デ・ブライネ）が、メッセージを受信して、故郷の町でかつて死んだ少年ヤンを追悼する催しが、彼の弟ティムを中心に行われることを知る。大きな氷の塊を車に積んで町に戻って街を伺ううちに彼女はトラウマとなった十数年前の事件を思い起こす。
　１３歳のエヴァ（ローザ・マルシャン）は両親がネグレクト気味である一方、男女混合三銃士の仲間ティムとローランとは仲良し。しかるに、思春期初めらしい性の興味が爆発し、危ないゲームをした末に性暴力の犠牲になる。
　周囲に彼女を守ってくれる大人はいず、かくして長くトラウマを抱えたまま現在に至った彼女は彼等おそらくはこの催しに集まった人全員に復讐をする為に、謎々ゲームの自殺方法を自らに敢行するのである。

目には目を、トラウマにはトラウマをという感じだろうか。
　性暴力だけならあるいは彼女は傷を負っても多少はまともなその後を生きえたかもしれない。誰にも助けて貰えなかったという思いこそが彼女を死に追い込んだような気がする。彼女が死んだ後彼女を知る町民の多くがトラウマを抱えることになる（ならなければ益々救われない）。

フィーラ・バーテンスという女優の監督デビュー作で、映画としてはなかなかの出来栄えと思う。が、痛ましすぎて割り引かざるを得ない。

素晴らしい出来栄えだが二度と観たくない映画にアニメ「火垂るの墓」（１９８８年）がある。あれは辛すぎる。残念ながらこのブログに記事として登場することはないだろう。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）<br />２０２３年オランダ＝ベルギー合作映画　監督フィーラ・バーテンス<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />ミヒャエル・ハネケ監督の「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200911article_19.html" target="_blank">ファニー・ゲームＵ.Ｓ.Ａ.</a>」(２００７年）が僕にとって後味の悪い映画Ｎｏ.１である。この映画も後味が悪いが、かの映画とは違って、作った人間をまで呪詛したくなるような感じはない。後味の悪さには幾つかあるということだ。<br /><br />ベルギーの首都ブリュッセルに住む妙齢美人エヴァ（シャルロット・デ・ブライネ）が、メッセージを受信して、故郷の町でかつて死んだ少年ヤンを追悼する催しが、彼の弟ティムを中心に行われることを知る。大きな氷の塊を車に積んで町に戻って街を伺ううちに彼女はトラウマとなった十数年前の事件を思い起こす。<br />　１３歳のエヴァ（ローザ・マルシャン）は両親がネグレクト気味である一方、男女混合三銃士の仲間ティムとローランとは仲良し。しかるに、思春期初めらしい性の興味が爆発し、危ないゲームをした末に性暴力の犠牲になる。<br />　周囲に彼女を守ってくれる大人はいず、かくして長くトラウマを抱えたまま現在に至った彼女は彼等おそらくはこの催しに集まった人全員に復讐をする為に、謎々ゲームの自殺方法を自らに敢行するのである。<br /><br />目には目を、トラウマにはトラウマをという感じだろうか。<br />　性暴力だけならあるいは彼女は傷を負っても多少はまともなその後を生きえたかもしれない。誰にも助けて貰えなかったという思いこそが彼女を死に追い込んだような気がする。彼女が死んだ後彼女を知る町民の多くがトラウマを抱えることになる（ならなければ益々救われない）。<br /><br />フィーラ・バーテンスという女優の監督デビュー作で、映画としてはなかなかの出来栄えと思う。が、痛ましすぎて割り引かざるを得ない。<br /><br /><strong>素晴らしい出来栄えだが二度と観たくない映画にアニメ「火垂るの墓」（１９８８年）がある。あれは辛すぎる。残念ながらこのブログに記事として登場することはないだろう。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521049954</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/520350230.html</link>
      <title>古典ときどき現代文学：読書録２０２６年夏号</title>
      <pubDate>Wed, 01 Jul 2026 08:47:00 +0900</pubDate>
            <description>　六月は予想ほど暑くならず良かった一方、天気の悪い日が多く梅雨らしい梅雨になっているのが鬱陶しい。　さて、いつものように、大古典から始めますと、漢籍は「論衡」のみ。しかるに、余りに長いので３巻目は次回に回しました。これだけに一か月もかけるわけには参りませんから。逆に、日本の百科事典的読み物「嬉遊笑覧」は５分冊の最後の１冊を読み４年かけて遂に読了。やれやれという感じです。　ここ２年程の傾向通りミステリーが多い。フリーマンのソーンダイク博士は短編ミステリーの古典。モーリス・ルブラ..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
　六月は予想ほど暑くならず良かった一方、天気の悪い日が多く梅雨らしい梅雨になっているのが鬱陶しい。

　さて、いつものように、大古典から始めますと、漢籍は「論衡」のみ。しかるに、余りに長いので３巻目は次回に回しました。これだけに一か月もかけるわけには参りませんから。逆に、日本の百科事典的読み物「嬉遊笑覧」は５分冊の最後の１冊を読み４年かけて遂に読了。やれやれという感じです。

　ここ２年程の傾向通りミステリーが多い。フリーマンのソーンダイク博士は短編ミステリーの古典。モーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」もの２冊。このシリーズも残り３冊となりました。クリスティーのポワロものは既読を別にしてほぼ順番通りに。高木彬光はミステリーとしてはもう大古典でしょうね。その他、ご紹介に与った比較的新しいものから正に新しいものを幾つか。色々とアイデアが出て来るものです。

　今回ＳＦはないものの、ＳＦ的趣向の混じったものが多かった感あり。中学時代に難物のニューウェーヴＳＦに懲りてからどうもＳＦには偏見があってなかなか手を出さない。実際に読むと結構楽しんでしまうのですが。

　純文学系も新しめのものが多く、芥川賞シリーズは遂に２０１１年まで来ました。忘れもしない３・１１が起きた年。僕はまだ読んでいませんが、震災後文学なるものがこの後現れてくるわけですね。　　

　前口上はこのくらいに。それでは、リストをご笑覧ください。


＊＊＊＊＊　記　＊＊＊＊＊

Ｒ・オースティン・フリーマン
「歌う骨」
★★★ソーンダイク博士は「科捜研の女」の大先輩に当たる法医学者にして弁護士。事件を科学の角度から分析し、官憲の思い込みを覆す名探偵だ。シャーロック・ホームズに並ぶと称される。その割に一般レベルのミステリー・ファンには無名に近いのは考える余地あり。本作はその学者の活躍を五つ収めた短編集第２弾で、最初の「オスカー・ブロドスキー事件」は２０１１年『世界推理短編傑作集２』（江戸川乱歩選出）で読んでいる。２作目「練り上げた事前計画」は脱獄して別人として暮らしていた男が正体を見破った元看守を殺す事件を描く。犬の嗅覚を逆に使ったところが面白いが、周到すぎる事前計画がそこまで機能していない憾みがある。３作目「船上犯罪の因果」は普通短編集と同じ「歌う骨」もしくは「歌う白骨」という邦題で紹介されると思う。自分に不利な証言をした共犯者と再会した元囚人の灯台守が男を殺し、死体を置いたボートを沈める。４作目「ろくでなしのロマンス」は今や詐欺や窃盗犯に落ちぶれた元軍人が宝石を盗もうと入り込んだパーティーで思い出のある美人と再会するが、格闘の末に殺したと思い込む。クロロホルム絡みの事件の顛末。ここまで４作は倒叙ものの第一人者と言われるフリーマンらしい倒叙ものの好短編である。最後の「前科者」はソーンダイクが最初から犯人として目を付けられた元囚人を庇い、真犯人を見つけていく、という流れなので、典型的な倒叙ものではない。いずれも作品の目的は犯人当てではなく、彼がどうやったかを突き止めるハウダニットであり、そこから犯人が浮かび上がるのである。その典型がこの最後の作品ということになる。


ブレット・イーストン・エリス
「アメリカン・サイコ」
★四半世紀前に映画版を観たものの、余り記憶がない。しかし、これほど不快な内容だったか。金融界エリートえある一人称の主人公が述べることは章が変わっても概ねファッション、ＴＶのトーク番組？「パティ・ウィンターズ」の話題、そしてオーディオヴィジュアルへのオタク的な言及ばかり。アイワ、ソニー、パイオニア、東芝、パナソニック、サンスイという単語が出て来て日本メーカーの全盛期ぶりが示され面白い。オーディオに関してはハイエンド指向で、スピーカーは我々には手が出ないインフィニティのハイエンドを使っている。それらのオタク的時間の狭間に人体を破壊しまくるが、世間はエリート人種の彼を罰しようとしない。殺害の具体的な叙述が実に不快で、やりきれない。その間に唐突に、ジェネシス、ホイットニー・ヒューストン、ヒューイ・ルイス＆ザ・ニュースの音楽レビューが入る。主人公の言葉と解釈するが、作者エリスの音楽レビューなのではないかとも思う。もう少し短ければ★一つ追加できるが。


舞城 王太郎
「ディスコ探偵水曜日」
★★★前半はタイム・スリップというＳＦ的ギミックをベースにした本格ミステリー。しかし、主人公は迷子を捜す迷子探偵なので、趣向はハードボイルド探偵 meets 本格ミステリー探偵というおふざけ感覚だ。時々少女に成長してまた元に戻る幼女と暮らす主人公がパロディー的に何人も出て来る “名探偵” が提示した謎解きに乗って “名探偵” が次々と殺される怪事件を半ば解決したところで、後半に入る。後半はミステリアスなＳＦモードに様変わり、全編を通して神秘主義ミステリーのような印象を覚えさせる。神秘主義的衒学趣味という意味で「黒死館殺人事件」に通ずるものあり。その「黒死館」を含む日本三大ミステリーに伍する怪作という評価も頷けるが、少し長いかもしれませんなあ（奇書は概ね長い）。


王 充
「論衡」
★★著者は後漢初めの思想家。現在の評論家に近い位置にある合理主義もしくは運命論者で、迷信は徹底的に否定し、善政・悪政と自然現象は関係なく、善行・悪行は寿命に関係ない、という立場。諸子百家の誰をも論難する。孔子に対する批判は牽強付会の印象が強いと同時に、一番尊敬するのも孔子であろう。官僚より学者（儒生）を高い位置に置く。迷信を論破する部分は大きく頷ける一方、現在の立場では天文に関しては儒教の考えより間違いが多い。余りに長いので、今回は１３００ページ弱までのところで一時終了。最後の６００ページ余りは来期に読む。


朝吹 真理子
「きことわ」
★★★第１４４回（２０１０年下半期）芥川賞受賞作。子供時代に貧弱な別荘を借りていた女性の娘貴子（きこ）と管理人の娘永遠子（とわこ）が、２５年ぶりに、壊すことになった別荘の整理の為に再会することになる。眠っている時に見る夢への言及があり、死を交えて、ほのかな幻想も交わって来るが、そこはかない７歳差の女性二人の交流ぶりを描き、難しくなさそうで結構まとめるのが難しい。


西村 賢太
「苦役列車」
★★★同じく第１４４回芥川賞受賞作。<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/201401article_12.html" target="_blank">映画化されたもの</a>を１２年前に観たが、作者その人に他ならない主人公・北町貫多に対して珍しく不快感を覚えた。しかし、僕のスタンスでは作品の評価に影響しない。自伝小説であるこちらの原作は映画ほど明るい未来を感じさせず、最後までどんよりしている。別の小説と思い込んで読んだ第二部「落ちぶれて袖に涙のふりそそぐ」は、この小説が芥川賞を受賞する少し前くらいの、こちらは本当の私小説だ。別の作品と考えれば、第一部「苦役列車」より落ちるが、彼が芥川賞より経験を問わない全短編作者が対象となる川端賞を重視していたことが解るのは興味深い。


円城 塔
「道化師の蝶」
★★★第１４６回（２０１１年下半期）芥川賞受賞作。下の作品と合わせて、ポール・オースターの「ニューヨーク三部作」にフリオ・コルタサスの不条理小説のムードを振りかけたような感じである。何重もの入れ子の小説であり、語り手である “わたし” が複数いるようで、同一人物のようでもあり、それが時に男性であり時に女性であるかもしれないと読者に考えさせる。男性とされた人物が子宮癌で死んだという妙な叙述が序盤にあり、それが本作の全体像を早くも明らかにする。ほぼ女性であると思われる人物と、ほぼ男性と思われる人物が別人であるという保証はこの作品にはない。オースターやコルタサスのように実存に関する小説だろう。

「松ノ枝の記」
★★★★互いの小説をそれを取り込んだ上で対話のように翻訳し合っていくという妙な関係を続けている人物が、相手の屋敷を訪れ、その相手が “手” であることを知る。その手の持ち主は作者（即ち ”手” ）の姉と称するが、その手が書く内容は彼女の知らない彼女もしくは彼の経験なのである。お話は上より把握しやすいが、端的には表現しにくい。


田中 慎弥
「共喰い」
★★★★同じく第１４６回芥川賞受賞作。昭和６３年という舞台設定だが、<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/201410article_7.html" target="_blank">映画版</a>と違って昭和の終わりについての言及はない。女性の首を絞めることでエクスタシーを感じる父親と同じ性癖を持っているのではないかと恐れる１７歳の少年の心理を綴る。オイディプスその他との類似性で神話的という意見があるようだが、僕はもっと日本的な意味で神話的と感じた。 “もらっといてやる”、なかなかやりますな。

「第三紀層の魚」
★★こちらは、釣り好きの小学４年生男児のお話。１００歳にならんかという釣り好きの祖父の病床で話し過ぎて、祖父の寿命を縮めたのではないかと恐れるのではなく、自慢したくもある児童の心理が面白い。全体としては素朴な家族を描いてい、上とは大分違う。


アガサ・クリスティー
「ビッグ４」
★★★エルキュール・ポワロもの第４作は本格ミステリーではなく、後の００７のような国際陰謀団を巡る冒険サスペンスである。同時代のアルセーヌ・ルパンものに近いので個人的には楽しんだが、余り人気がないらしい。ご愁傷様。

「もの言えぬ証人」
★★★ポワロもの第１４作。「犬の裁判」という本当に犬が被告になる実話ものの映画へのコメントで、モカさんから紹介に与った。犬が真実を知っていたと考えられる純文学ミステリー映画に「落下の解剖学」という傑作があり、本作はそれに近い。<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/520724339.html" target="_blank">ドラマ版</a>はポワロが極端に犬の（偶然の）ヒントに何度も助けられるが、原作ではポワロが自力で殺人と思われなかった殺人事件を解いていく。


杉森 久英
「天才と狂人の間」
★★★ “島田清次郎の生涯” というサブタイトルが付いている。島清は「地上」で若干二十歳で文壇の寵児となった自称 “天才” である。この人物の大言壮語ぶりや礼儀知らずには呆れ、 “誰にも好かれなかった男” と紹介されることがある。「地上」第１部は現在読んでもさほどとは思われないが、とにかく本人は自らを天才と思って文壇や人生の先輩方に概ね傲岸不遜の態度を取り続け、次第に見向きもされなくなり、遂に一時的とは言え精神病院に入る羽目になる。天才が狂気を生んだのか、狂気が彼を天才と称させたのか僕には分かりかける。


クレア・キーガン
「あずかりっ子」
★★★★映画版「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/519963040.html" target="_blank">コット、はじまりの夏</a>」よりさらにコンパクトな内容である。映画版は、おじさんが一時的に預かった少女から目を離さないようにしていた様子を丹念に描いたが、これは映画の創作と考えられる。彼が息子を失った反省に基づく行動であることを示す布石だったと分からせる作劇だった。幕切れは翻訳の工夫もあって映画より解りやすい。少女は ”父さん” と称したくなったおじさんに “父さんが（来る）” と教えたのである。素敵でした。


ミシェル・マゴリアン
「おやすみなさいトムさん」
★★★★戦時中のお話で、孤独で人付き合いの悪い老人トムが疎開でロンドンから送られてきた少年ウィリーを預かるうちに、他の人にも心を開いていく。トムがネグレクトされて育った人見知りのウィリーを成長させ、ウィリーが若い時に愛妻と子供を失って人間嫌いになったトムを再生させる。児童文学は大人の精神衛生にも非常に良い。勿論少年時代にＳＮＳの代わりにかかる小説を読んだら健全な精神が育つだろう。


井出 孫六
「アトラス伝説」
★★川上冬崖という明治初期の洋画家は陸軍の測地課長の立場であり、そこで部下の不祥事が元でスパイの疑いをかけられ、湯治先で謎の死（自殺）を遂げる。冬崖の伝記というか伝記小説。森鴎外の史伝に近いかもしれない。冬崖に興味があれば面白いと思う。

「『太陽』の葬送」
★★★こちらは重層的な手法で書かれた、明治時代に政治的雑誌『太陽』を創刊した大橋佐平の伝記的内容である。それを『太陽』を読んでいた “僕” の父親の人生を絡めながら進められるので、ぐっと小説的であり、面白味で直木賞を受賞した上に優ると思う。


立原 正秋
「剣ヶ崎」（再）
★★★★読んでいないと思ったが、ブログに読書録を発表する前に読んでいた。立原が朝鮮生まれという出自を生かした内容。４分の１朝鮮人の血を持つ主人公が、終戦の日直後の８月１６日にナショナリストの深みに落ち込んだ従兄に妹を奪わせない・・・と兄を殺されるという事件に遭遇する。また、主人公の日朝ハーフの父親は軍隊から脱走して朝鮮人となり、十余年後に主人公と再会する。民族差別という問題もあるが、民族に関係なくアイデンティティという観念について考えたくなる。

「白い罌粟」（再）
★★★これも一緒に読んでいました。上が芥川賞候補になったのに対し、こちらは直木賞を受賞した。悪徳金貸しから金を借り、法的盲点をついて借り倒す男に協力した教師がどつぼに嵌って抜け出せなくなり、狂気に陥る。お話としては面白いものの、本人が期待していた芥川賞向きの内容ではないと思う。


ホリー・ジャクスン
「自由研究には向かない殺人」
★★★★高校の卒業を控えた女子高生がＥＰＱという、日本の大学卒論に近い自由研究を使って、数年前に起きた女子高生の行方不明事件、事実上の死体なき殺人事件の真犯人を探そうとする。犯人とされて謎の死を遂げた自分の知人を無罪を明かすのが目的である。かなり人気の作品で、２月に予約して読めたのが５月後半だった。ＥＰＱというツールを使って映画にしたら受けそうな青春ミステリーである一方、ＹＡ小説の軽さが少し気になる。


レイチェル・カースン
「沈黙の春」
★★★★有吉佐和子はこれを読んで「複合汚染」を書いたと想像する。殺虫剤とその周辺薬品の広範な害を訴えたこちらは紛れもない学術本だが、文章がなかなか洒落ている。無味乾燥な書籍ではない。彼女たちの指摘は的を射ていて、６０年前あるいは５０年前よりは殺虫剤や農薬の問題は米日ともに大いに改善されているはずだが、現在はＰＦＡＳなどの問題が新たに起こっている。自然は自然に任せるのが一番ということです。


モーリス・ルブラン
「二つの微笑を持つ女」（再）
★★★官憲を含めて登場人物がこぞって一人の女性と信じる二人の女性を巡るミステリー。旧作の幾つかを焼き直した感があるので、順番通りに読んで来るとそう感心しない。但し、これだけを読めば結構面白いだろう。

「特捜班ビクトール」（再）
★★「アクロイド殺人事件」もびっくり？（そこまでは行かぬか）のどんでん返しにはやられたと思うが、ルパンではなく刑事が主役で面白いわけがないですわな。この感想自体がミスリードなのですが。勘の良い方はもうわかってしまいましたね！


北村 薫
「スキップ」
★★★★タイムスリップもの＋魂交換ものというハイブリッドと僕は考える。しかるに、１７歳の少女がタイムスリップして２５年後の自分の頭の中に入ってしまうのだから、タイム・パラドックスは一切存在しない。つまり本格ＳＦではないのだ。ファンタジーとも殆ど言い切れない。ギミックだけがあり、後は１７歳の時も４２歳（肉体のみ）の時もヒロインが現実に対処していく学園青春小説である。４２歳のヒロインは高校の教師であり、別の高校の教師である夫や、自分の学校に通う１７歳の娘の協力を得て、難関を乗り越えていく。難点は４２歳の魂はどうなったか全くわからないこと。１７歳だから良いけれど、１０歳では知識や経験量が絶対的に足りず、成り立たないでしょうな(笑)


島田 荘司
「異邦の騎士」
★★★★御手洗潔シリーズ第３弾。順番から言えば第１作同様傑作との呼び声の高い第２作を先に読むべきなのだが、こちらの推薦度が高かったので順番を無視した。途中までハードボイルド・サスペンスのように進む。本業は占星術の名探偵・御手洗潔が早めに出て来るので本格ミステリーにいつか転換するのだと思うも、なかなかそうならない。内容故に詳細は書けないが、着想が非常に秀逸。僕は第一弾を読んでいたのでまだ良いものの、いきなりこれを読んでも驚きが限られる可能性あり。書かれたのは本作の方が先だとか。ロマンス絡みのかなり切ない内容で、映画化したら面白そうだ。


ダニロ・キシュ
「庭、灰」
★★ユダヤ人の父親は結局アウシュヴィッツに消えていくのだが、ホロコースト小説ではなく、幻想小説の類である。消えた父親を少し大人になったルーマニア人の母との間に生まれた息子がその生涯や奇妙な活動を追想するうちに幻想に入っていく。戦後父親らしき人物を見るがこれは勿論頭の中での幻想にすぎない。かくして “僕” は信用できない語り手となる。


コーマック・マッカーシー
「すべての美しい馬」
★★★どこかで聞いた題名だと思ったら、２０年程前に<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200705article_12.html" target="_blank">マット・デーモン（当時３０歳）主演の映画版</a>を観ていました。映画同様完全なる現代（１９４９年が背景）西部劇で、工業化が押し寄せ父親と離婚した母親に牧場を売り払われ、居場所を失ったと考える１６歳の馬好き少年がテキサスから入ったメキシコで牧場主の娘と恋をし、それが原因で生命の危機にも遭遇するなど厳しい現実を知らされるという儀礼通過もの。台詞に鍵かっこがないタイプだが、改行されているので読むのに支障はない。その代わり句読点を意図的に省き、それを訳文でもやられているところは読みにくい。


高木 彬光
「人形はなぜ殺される」
★★★★１９８０年代以降のミステリーは特殊なギミックに頼るものが多く面白さでは不満を覚えない反面、そういうものばかり読んでいるとオーソドックスなミステリーを読みたくなる。本作はエラリー・クイーンを意識して実に正統的。さる元華族一族の関係者が、事前に用意された人形の殺され方と同じ手法で殺されていく。最初は所謂首チョンパ、次は列車に寄る轢死であるから、江戸川乱歩も真っ青の残虐（猟奇に本来残虐の意味はないので、その意味では使わないのが妥当。例えば一件だけの事件を指して猟奇事件というのはダメだ。ＡＩが少し的を外れた回答をしたので抵抗する）ぶり。一種の見立て殺人とも言えますかな？　名探偵役の神津恭介も自分の乗った列車が轢死を起こすとは思っていなかっただろう。★５つもありと思ったが、遠慮することにする。


喜多村 筠庭
「嬉遊笑覧」
★江戸時代の百科事典的随筆あるいは随筆的百科事典。これが５分冊の最終５冊目（巻之十一から十二下＋付録）。２０２２年秋から読み始め、１年位で読破する予定が足掛け４年弱かかってしまった。色々読まなければいけませんからね。語源などにも言及しているから、時代小説家は必読でしょうね。十一巻のテーマはハンディキャップのある人周辺。十二巻は動植物。猿に裃を着せるのは室町時代に遡るようだ。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
　六月は予想ほど暑くならず良かった一方、天気の悪い日が多く梅雨らしい梅雨になっているのが鬱陶しい。<br /><br />　さて、いつものように、大古典から始めますと、漢籍は「論衡」のみ。しかるに、余りに長いので３巻目は次回に回しました。これだけに一か月もかけるわけには参りませんから。逆に、日本の百科事典的読み物「嬉遊笑覧」は５分冊の最後の１冊を読み４年かけて遂に読了。やれやれという感じです。<br /><br />　ここ２年程の傾向通りミステリーが多い。フリーマンのソーンダイク博士は短編ミステリーの古典。モーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」もの２冊。このシリーズも残り３冊となりました。クリスティーのポワロものは既読を別にしてほぼ順番通りに。高木彬光はミステリーとしてはもう大古典でしょうね。その他、ご紹介に与った比較的新しいものから正に新しいものを幾つか。色々とアイデアが出て来るものです。<br /><br />　今回ＳＦはないものの、ＳＦ的趣向の混じったものが多かった感あり。中学時代に難物のニューウェーヴＳＦに懲りてからどうもＳＦには偏見があってなかなか手を出さない。実際に読むと結構楽しんでしまうのですが。<br /><br />　純文学系も新しめのものが多く、芥川賞シリーズは遂に２０１１年まで来ました。忘れもしない３・１１が起きた年。僕はまだ読んでいませんが、震災後文学なるものがこの後現れてくるわけですね。　　<br /><br />　前口上はこのくらいに。それでは、リストをご笑覧ください。<br /><br /><br /><div style="text-align:center;">＊＊＊＊＊　記　＊＊＊＊＊</div><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">Ｒ・オースティン・フリーマン</span></strong><br />「歌う骨」<br />★★★ソーンダイク博士は「科捜研の女」の大先輩に当たる法医学者にして弁護士。事件を科学の角度から分析し、官憲の思い込みを覆す名探偵だ。シャーロック・ホームズに並ぶと称される。その割に一般レベルのミステリー・ファンには無名に近いのは考える余地あり。本作はその学者の活躍を五つ収めた短編集第２弾で、最初の「オスカー・ブロドスキー事件」は２０１１年『世界推理短編傑作集２』（江戸川乱歩選出）で読んでいる。２作目「練り上げた事前計画」は脱獄して別人として暮らしていた男が正体を見破った元看守を殺す事件を描く。犬の嗅覚を逆に使ったところが面白いが、周到すぎる事前計画がそこまで機能していない憾みがある。３作目「船上犯罪の因果」は普通短編集と同じ「歌う骨」もしくは「歌う白骨」という邦題で紹介されると思う。自分に不利な証言をした共犯者と再会した元囚人の灯台守が男を殺し、死体を置いたボートを沈める。４作目「ろくでなしのロマンス」は今や詐欺や窃盗犯に落ちぶれた元軍人が宝石を盗もうと入り込んだパーティーで思い出のある美人と再会するが、格闘の末に殺したと思い込む。クロロホルム絡みの事件の顛末。ここまで４作は倒叙ものの第一人者と言われるフリーマンらしい倒叙ものの好短編である。最後の「前科者」はソーンダイクが最初から犯人として目を付けられた元囚人を庇い、真犯人を見つけていく、という流れなので、典型的な倒叙ものではない。いずれも作品の目的は犯人当てではなく、彼がどうやったかを突き止めるハウダニットであり、そこから犯人が浮かび上がるのである。その典型がこの最後の作品ということになる。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">ブレット・イーストン・エリス</span></strong><br />「アメリカン・サイコ」<br />★四半世紀前に映画版を観たものの、余り記憶がない。しかし、これほど不快な内容だったか。金融界エリートえある一人称の主人公が述べることは章が変わっても概ねファッション、ＴＶのトーク番組？「パティ・ウィンターズ」の話題、そしてオーディオヴィジュアルへのオタク的な言及ばかり。アイワ、ソニー、パイオニア、東芝、パナソニック、サンスイという単語が出て来て日本メーカーの全盛期ぶりが示され面白い。オーディオに関してはハイエンド指向で、スピーカーは我々には手が出ないインフィニティのハイエンドを使っている。それらのオタク的時間の狭間に人体を破壊しまくるが、世間はエリート人種の彼を罰しようとしない。殺害の具体的な叙述が実に不快で、やりきれない。その間に唐突に、ジェネシス、ホイットニー・ヒューストン、ヒューイ・ルイス＆ザ・ニュースの音楽レビューが入る。主人公の言葉と解釈するが、作者エリスの音楽レビューなのではないかとも思う。もう少し短ければ★一つ追加できるが。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">舞城 王太郎</span></strong><br />「ディスコ探偵水曜日」<br />★★★前半はタイム・スリップというＳＦ的ギミックをベースにした本格ミステリー。しかし、主人公は迷子を捜す迷子探偵なので、趣向はハードボイルド探偵 meets 本格ミステリー探偵というおふざけ感覚だ。時々少女に成長してまた元に戻る幼女と暮らす主人公がパロディー的に何人も出て来る “名探偵” が提示した謎解きに乗って “名探偵” が次々と殺される怪事件を半ば解決したところで、後半に入る。後半はミステリアスなＳＦモードに様変わり、全編を通して神秘主義ミステリーのような印象を覚えさせる。神秘主義的衒学趣味という意味で「黒死館殺人事件」に通ずるものあり。その「黒死館」を含む日本三大ミステリーに伍する怪作という評価も頷けるが、少し長いかもしれませんなあ（奇書は概ね長い）。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">王 充</span></strong><br />「論衡」<br />★★著者は後漢初めの思想家。現在の評論家に近い位置にある合理主義もしくは運命論者で、迷信は徹底的に否定し、善政・悪政と自然現象は関係なく、善行・悪行は寿命に関係ない、という立場。諸子百家の誰をも論難する。孔子に対する批判は牽強付会の印象が強いと同時に、一番尊敬するのも孔子であろう。官僚より学者（儒生）を高い位置に置く。迷信を論破する部分は大きく頷ける一方、現在の立場では天文に関しては儒教の考えより間違いが多い。余りに長いので、今回は１３００ページ弱までのところで一時終了。最後の６００ページ余りは来期に読む。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">朝吹 真理子</span></strong><br />「きことわ」<br />★★★第１４４回（２０１０年下半期）芥川賞受賞作。子供時代に貧弱な別荘を借りていた女性の娘貴子（きこ）と管理人の娘永遠子（とわこ）が、２５年ぶりに、壊すことになった別荘の整理の為に再会することになる。眠っている時に見る夢への言及があり、死を交えて、ほのかな幻想も交わって来るが、そこはかない７歳差の女性二人の交流ぶりを描き、難しくなさそうで結構まとめるのが難しい。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">西村 賢太</span></strong><br />「苦役列車」<br />★★★同じく第１４４回芥川賞受賞作。<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/201401article_12.html" target="_blank">映画化されたもの</a>を１２年前に観たが、作者その人に他ならない主人公・北町貫多に対して珍しく不快感を覚えた。しかし、僕のスタンスでは作品の評価に影響しない。自伝小説であるこちらの原作は映画ほど明るい未来を感じさせず、最後までどんよりしている。別の小説と思い込んで読んだ第二部「落ちぶれて袖に涙のふりそそぐ」は、この小説が芥川賞を受賞する少し前くらいの、こちらは本当の私小説だ。別の作品と考えれば、第一部「苦役列車」より落ちるが、彼が芥川賞より経験を問わない全短編作者が対象となる川端賞を重視していたことが解るのは興味深い。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">円城 塔</span></strong><br />「道化師の蝶」<br />★★★第１４６回（２０１１年下半期）芥川賞受賞作。下の作品と合わせて、ポール・オースターの「ニューヨーク三部作」にフリオ・コルタサスの不条理小説のムードを振りかけたような感じである。何重もの入れ子の小説であり、語り手である “わたし” が複数いるようで、同一人物のようでもあり、それが時に男性であり時に女性であるかもしれないと読者に考えさせる。男性とされた人物が子宮癌で死んだという妙な叙述が序盤にあり、それが本作の全体像を早くも明らかにする。ほぼ女性であると思われる人物と、ほぼ男性と思われる人物が別人であるという保証はこの作品にはない。オースターやコルタサスのように実存に関する小説だろう。<br /><br />「松ノ枝の記」<br />★★★★互いの小説をそれを取り込んだ上で対話のように翻訳し合っていくという妙な関係を続けている人物が、相手の屋敷を訪れ、その相手が “手” であることを知る。その手の持ち主は作者（即ち ”手” ）の姉と称するが、その手が書く内容は彼女の知らない彼女もしくは彼の経験なのである。お話は上より把握しやすいが、端的には表現しにくい。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">田中 慎弥</span></strong><br />「共喰い」<br />★★★★同じく第１４６回芥川賞受賞作。昭和６３年という舞台設定だが、<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/201410article_7.html" target="_blank">映画版</a>と違って昭和の終わりについての言及はない。女性の首を絞めることでエクスタシーを感じる父親と同じ性癖を持っているのではないかと恐れる１７歳の少年の心理を綴る。オイディプスその他との類似性で神話的という意見があるようだが、僕はもっと日本的な意味で神話的と感じた。 “もらっといてやる”、なかなかやりますな。<br /><br />「第三紀層の魚」<br />★★こちらは、釣り好きの小学４年生男児のお話。１００歳にならんかという釣り好きの祖父の病床で話し過ぎて、祖父の寿命を縮めたのではないかと恐れるのではなく、自慢したくもある児童の心理が面白い。全体としては素朴な家族を描いてい、上とは大分違う。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">アガサ・クリスティー</span></strong><br />「ビッグ４」<br />★★★エルキュール・ポワロもの第４作は本格ミステリーではなく、後の００７のような国際陰謀団を巡る冒険サスペンスである。同時代のアルセーヌ・ルパンものに近いので個人的には楽しんだが、余り人気がないらしい。ご愁傷様。<br /><br />「もの言えぬ証人」<br />★★★ポワロもの第１４作。「犬の裁判」という本当に犬が被告になる実話ものの映画へのコメントで、モカさんから紹介に与った。犬が真実を知っていたと考えられる純文学ミステリー映画に「落下の解剖学」という傑作があり、本作はそれに近い。<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/520724339.html" target="_blank">ドラマ版</a>はポワロが極端に犬の（偶然の）ヒントに何度も助けられるが、原作ではポワロが自力で殺人と思われなかった殺人事件を解いていく。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">杉森 久英</span></strong><br />「天才と狂人の間」<br />★★★ “島田清次郎の生涯” というサブタイトルが付いている。島清は「地上」で若干二十歳で文壇の寵児となった自称 “天才” である。この人物の大言壮語ぶりや礼儀知らずには呆れ、 “誰にも好かれなかった男” と紹介されることがある。「地上」第１部は現在読んでもさほどとは思われないが、とにかく本人は自らを天才と思って文壇や人生の先輩方に概ね傲岸不遜の態度を取り続け、次第に見向きもされなくなり、遂に一時的とは言え精神病院に入る羽目になる。天才が狂気を生んだのか、狂気が彼を天才と称させたのか僕には分かりかける。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">クレア・キーガン</span></strong><br />「あずかりっ子」<br />★★★★映画版「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/519963040.html" target="_blank">コット、はじまりの夏</a>」よりさらにコンパクトな内容である。映画版は、おじさんが一時的に預かった少女から目を離さないようにしていた様子を丹念に描いたが、これは映画の創作と考えられる。彼が息子を失った反省に基づく行動であることを示す布石だったと分からせる作劇だった。幕切れは翻訳の工夫もあって映画より解りやすい。少女は ”父さん” と称したくなったおじさんに “父さんが（来る）” と教えたのである。素敵でした。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">ミシェル・マゴリアン</span></strong><br />「おやすみなさいトムさん」<br />★★★★戦時中のお話で、孤独で人付き合いの悪い老人トムが疎開でロンドンから送られてきた少年ウィリーを預かるうちに、他の人にも心を開いていく。トムがネグレクトされて育った人見知りのウィリーを成長させ、ウィリーが若い時に愛妻と子供を失って人間嫌いになったトムを再生させる。児童文学は大人の精神衛生にも非常に良い。勿論少年時代にＳＮＳの代わりにかかる小説を読んだら健全な精神が育つだろう。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">井出 孫六</span></strong><br />「アトラス伝説」<br />★★川上冬崖という明治初期の洋画家は陸軍の測地課長の立場であり、そこで部下の不祥事が元でスパイの疑いをかけられ、湯治先で謎の死（自殺）を遂げる。冬崖の伝記というか伝記小説。森鴎外の史伝に近いかもしれない。冬崖に興味があれば面白いと思う。<br /><br />「『太陽』の葬送」<br />★★★こちらは重層的な手法で書かれた、明治時代に政治的雑誌『太陽』を創刊した大橋佐平の伝記的内容である。それを『太陽』を読んでいた “僕” の父親の人生を絡めながら進められるので、ぐっと小説的であり、面白味で直木賞を受賞した上に優ると思う。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">立原 正秋</span></strong><br />「剣ヶ崎」（再）<br />★★★★読んでいないと思ったが、ブログに読書録を発表する前に読んでいた。立原が朝鮮生まれという出自を生かした内容。４分の１朝鮮人の血を持つ主人公が、終戦の日直後の８月１６日にナショナリストの深みに落ち込んだ従兄に妹を奪わせない・・・と兄を殺されるという事件に遭遇する。また、主人公の日朝ハーフの父親は軍隊から脱走して朝鮮人となり、十余年後に主人公と再会する。民族差別という問題もあるが、民族に関係なくアイデンティティという観念について考えたくなる。<br /><br />「白い罌粟」（再）<br />★★★これも一緒に読んでいました。上が芥川賞候補になったのに対し、こちらは直木賞を受賞した。悪徳金貸しから金を借り、法的盲点をついて借り倒す男に協力した教師がどつぼに嵌って抜け出せなくなり、狂気に陥る。お話としては面白いものの、本人が期待していた芥川賞向きの内容ではないと思う。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">ホリー・ジャクスン</span></strong><br />「自由研究には向かない殺人」<br />★★★★高校の卒業を控えた女子高生がＥＰＱという、日本の大学卒論に近い自由研究を使って、数年前に起きた女子高生の行方不明事件、事実上の死体なき殺人事件の真犯人を探そうとする。犯人とされて謎の死を遂げた自分の知人を無罪を明かすのが目的である。かなり人気の作品で、２月に予約して読めたのが５月後半だった。ＥＰＱというツールを使って映画にしたら受けそうな青春ミステリーである一方、ＹＡ小説の軽さが少し気になる。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">レイチェル・カースン</span></strong><br />「沈黙の春」<br />★★★★有吉佐和子はこれを読んで「複合汚染」を書いたと想像する。殺虫剤とその周辺薬品の広範な害を訴えたこちらは紛れもない学術本だが、文章がなかなか洒落ている。無味乾燥な書籍ではない。彼女たちの指摘は的を射ていて、６０年前あるいは５０年前よりは殺虫剤や農薬の問題は米日ともに大いに改善されているはずだが、現在はＰＦＡＳなどの問題が新たに起こっている。自然は自然に任せるのが一番ということです。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">モーリス・ルブラン</span></strong><br />「二つの微笑を持つ女」（再）<br />★★★官憲を含めて登場人物がこぞって一人の女性と信じる二人の女性を巡るミステリー。旧作の幾つかを焼き直した感があるので、順番通りに読んで来るとそう感心しない。但し、これだけを読めば結構面白いだろう。<br /><br />「特捜班ビクトール」（再）<br />★★「アクロイド殺人事件」もびっくり？（そこまでは行かぬか）のどんでん返しにはやられたと思うが、ルパンではなく刑事が主役で面白いわけがないですわな。この感想自体がミスリードなのですが。勘の良い方はもうわかってしまいましたね！<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">北村 薫</span></strong><br />「スキップ」<br />★★★★タイムスリップもの＋魂交換ものというハイブリッドと僕は考える。しかるに、１７歳の少女がタイムスリップして２５年後の自分の頭の中に入ってしまうのだから、タイム・パラドックスは一切存在しない。つまり本格ＳＦではないのだ。ファンタジーとも殆ど言い切れない。ギミックだけがあり、後は１７歳の時も４２歳（肉体のみ）の時もヒロインが現実に対処していく学園青春小説である。４２歳のヒロインは高校の教師であり、別の高校の教師である夫や、自分の学校に通う１７歳の娘の協力を得て、難関を乗り越えていく。難点は４２歳の魂はどうなったか全くわからないこと。１７歳だから良いけれど、１０歳では知識や経験量が絶対的に足りず、成り立たないでしょうな(笑)<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">島田 荘司</span></strong><br />「異邦の騎士」<br />★★★★御手洗潔シリーズ第３弾。順番から言えば第１作同様傑作との呼び声の高い第２作を先に読むべきなのだが、こちらの推薦度が高かったので順番を無視した。途中までハードボイルド・サスペンスのように進む。本業は占星術の名探偵・御手洗潔が早めに出て来るので本格ミステリーにいつか転換するのだと思うも、なかなかそうならない。内容故に詳細は書けないが、着想が非常に秀逸。僕は第一弾を読んでいたのでまだ良いものの、いきなりこれを読んでも驚きが限られる可能性あり。書かれたのは本作の方が先だとか。ロマンス絡みのかなり切ない内容で、映画化したら面白そうだ。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">ダニロ・キシュ</span></strong><br />「庭、灰」<br />★★ユダヤ人の父親は結局アウシュヴィッツに消えていくのだが、ホロコースト小説ではなく、幻想小説の類である。消えた父親を少し大人になったルーマニア人の母との間に生まれた息子がその生涯や奇妙な活動を追想するうちに幻想に入っていく。戦後父親らしき人物を見るがこれは勿論頭の中での幻想にすぎない。かくして “僕” は信用できない語り手となる。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">コーマック・マッカーシー</span></strong><br />「すべての美しい馬」<br />★★★どこかで聞いた題名だと思ったら、２０年程前に<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/200705article_12.html" target="_blank">マット・デーモン（当時３０歳）主演の映画版</a>を観ていました。映画同様完全なる現代（１９４９年が背景）西部劇で、工業化が押し寄せ父親と離婚した母親に牧場を売り払われ、居場所を失ったと考える１６歳の馬好き少年がテキサスから入ったメキシコで牧場主の娘と恋をし、それが原因で生命の危機にも遭遇するなど厳しい現実を知らされるという儀礼通過もの。台詞に鍵かっこがないタイプだが、改行されているので読むのに支障はない。その代わり句読点を意図的に省き、それを訳文でもやられているところは読みにくい。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">高木 彬光</span></strong><br />「人形はなぜ殺される」<br />★★★★１９８０年代以降のミステリーは特殊なギミックに頼るものが多く面白さでは不満を覚えない反面、そういうものばかり読んでいるとオーソドックスなミステリーを読みたくなる。本作はエラリー・クイーンを意識して実に正統的。さる元華族一族の関係者が、事前に用意された人形の殺され方と同じ手法で殺されていく。最初は所謂首チョンパ、次は列車に寄る轢死であるから、江戸川乱歩も真っ青の残虐（猟奇に本来残虐の意味はないので、その意味では使わないのが妥当。例えば一件だけの事件を指して猟奇事件というのはダメだ。ＡＩが少し的を外れた回答をしたので抵抗する）ぶり。一種の見立て殺人とも言えますかな？　名探偵役の神津恭介も自分の乗った列車が轢死を起こすとは思っていなかっただろう。★５つもありと思ったが、遠慮することにする。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">喜多村 筠庭</span></strong><br />「嬉遊笑覧」<br />★江戸時代の百科事典的随筆あるいは随筆的百科事典。これが５分冊の最終５冊目（巻之十一から十二下＋付録）。２０２２年秋から読み始め、１年位で読破する予定が足掛け４年弱かかってしまった。色々読まなければいけませんからね。語源などにも言及しているから、時代小説家は必読でしょうね。十一巻のテーマはハンディキャップのある人周辺。十二巻は動植物。猿に裃を着せるのは室町時代に遡るようだ。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>読書</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/520350230</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hokapi2.seesaa.net/article/521030451.html</link>
      <title>映画評「ルノワール」</title>
      <pubDate>Tue, 30 Jun 2026 04:37:28 +0900</pubDate>
            <description>☆☆☆（６点／１０点満点中）２０２５年日本＝フランス＝シンガポール＝フィリピン＝インドネシア合作映画　監督・早川千絵ネタバレありディストピア映画「ＰＬＡＮ７５」の早川千絵監督の新作。「ＰＬＡＮ７５」は暗澹たる未来を描いた物語に興味が行きがちな作品と思うが、本作は断然画面である。お話はよく解らないところが多いものの、画面のフォトジェニックさに唸る。どこのカットをとめても一つの芸術写真になりそうな感さえする。１９８０年代後半のある夏。１１歳の小学女児フキ（鈴木唯）は想像力に溢れた..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）
２０２５年日本＝フランス＝シンガポール＝フィリピン＝インドネシア合作映画　監督・早川千絵
ネタバレあり

ディストピア映画「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/498683625.html" target="_blank">ＰＬＡＮ７５</a>」の早川千絵監督の新作。「ＰＬＡＮ７５」は暗澹たる未来を描いた物語に興味が行きがちな作品と思うが、本作は断然画面である。お話はよく解らないところが多いものの、画面のフォトジェニックさに唸る。どこのカットをとめても一つの芸術写真になりそうな感さえする。

１９８０年代後半のある夏。１１歳の小学女児フキ（鈴木唯）は想像力に溢れた我が道を行くタイプ。自分が死んで友達に弔われる夢を見たり、神秘主義的な行為に興味を示している。末期癌で入院している会社員の父親（リリー・フランキー）相手にトランプ当ての超能力ごっこをしたり、夫に墜落死（恐らく自殺）された若い未亡人（河合優実）に催眠術をかけたりする。
　英語塾で同世代の少女と親しくなり、他人の家を探り回る癖を大いに発揮してこの家の父親の浮気写真を発見、意地悪なことに、ゲーム形式でその少女に写真を見せたりする。
　母親（石田ひかり）は中間管理職に出世するが、厳しい言動がパワハラとされて、研修の名目でコミュニケーションに問題のある人々が参加する自助グループに参加させられる。これを指導するのが美青年の御前崎（中島歩）で、葬儀の準備を進めていた母親は彼によろめいて娘同伴で喫茶店に出かけたりする。
　かくして大人の孤独を知ったフキは、伝言ダイヤルで出会いを求める他人のつぶやきを聞き、心理学専攻学生と自称する若者（坂東龍汰）の家に遊びに行く。

個人的に伝言ダイヤルなどというものには縁がなかったが、現在の出会い系サイトのような使い道があったことを初めて知った。実は受験生（浪人生？）にすぎなかったらしい若者はどうもロリコンのようで、いくら天真爛漫な少女でもさすがに危なかしすぎる行動である。

この後から少し解りにくいシーン構成が目立ち始め、若者の家から幸いにも放り出された彼女の彷徨は途中から幻想もしくは心象風景であろう。雨に打たれた彼女を父親が迎えるのは明らかな幻想。父親が亡くなったことと関連する描写とも思われる。

かくして危い出来事でいっぱいだった彼女のひと夏は終わる。少女は人たちの抱える孤独や秘密の存在を知る。これらの経験は大人に近付くのが早めただろう。それは不幸であるという感を覚えるので、成長とは言いたくない。

先日まで観ていたホウ・シャオシェンの映画のように、この作品もスケッチの映画である。主題を構成する流れはあるが、一本の大きな筋はない。

本作を観るうちに想起するのは第一にビクトル・エリセ監督「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/202006article_16.html" target="_blank">ミツバチのささやき</a>」だ。キャンプファイヤーを巡るところがあの映画でも印象的だった火を飛び越える場面を直に思い出させるが、この映画の妙な若者に会いに行くのはかの映画のヒロインが逃亡兵に会いに行くところを着想源にしたのかもしれない。昨年観た「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/510320640.html" target="_blank">ナミビアの砂漠</a>」（山中瑤子監督）でも同作へのオマージュと思われる焚火の場面があったように、１９８０年代に公開されたかの映画は多感な少女、未来の女性監督たちに大きな影響を残したようである。
　もう一本は相米慎二監督の「お引越し」。あの映画も１１歳の少女が両親の不仲に当惑する話だったように記憶するものの、お話より、少女の彷徨がかの映画で祭りを訪れた田畑智子の少女が歩く場面を思い出させたのである。
　ウィキペディアによれば、影響を受けたと述べた作品として、この二つを含む三作品の名前を監督は挙げたらしい。彼女の発言を読むまでもなく、【論より証拠】の感あり。

早川監督は１９７６年生まれだから、８０年代後半に１１歳であるヒロインに自身を相当投影していると推測される。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
☆☆☆（６点／１０点満点中）<br />２０２５年日本＝フランス＝シンガポール＝フィリピン＝インドネシア合作映画　監督・早川千絵<br /><strong><span style=color:#e00>ネタバレあり</span></strong><br /><br />ディストピア映画「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/498683625.html" target="_blank">ＰＬＡＮ７５</a>」の早川千絵監督の新作。「ＰＬＡＮ７５」は暗澹たる未来を描いた物語に興味が行きがちな作品と思うが、本作は断然画面である。お話はよく解らないところが多いものの、画面のフォトジェニックさに唸る。どこのカットをとめても一つの芸術写真になりそうな感さえする。<br /><br />１９８０年代後半のある夏。１１歳の小学女児フキ（鈴木唯）は想像力に溢れた我が道を行くタイプ。自分が死んで友達に弔われる夢を見たり、神秘主義的な行為に興味を示している。末期癌で入院している会社員の父親（リリー・フランキー）相手にトランプ当ての超能力ごっこをしたり、夫に墜落死（恐らく自殺）された若い未亡人（河合優実）に催眠術をかけたりする。<br />　英語塾で同世代の少女と親しくなり、他人の家を探り回る癖を大いに発揮してこの家の父親の浮気写真を発見、意地悪なことに、ゲーム形式でその少女に写真を見せたりする。<br />　母親（石田ひかり）は中間管理職に出世するが、厳しい言動がパワハラとされて、研修の名目でコミュニケーションに問題のある人々が参加する自助グループに参加させられる。これを指導するのが美青年の御前崎（中島歩）で、葬儀の準備を進めていた母親は彼によろめいて娘同伴で喫茶店に出かけたりする。<br />　かくして大人の孤独を知ったフキは、伝言ダイヤルで出会いを求める他人のつぶやきを聞き、心理学専攻学生と自称する若者（坂東龍汰）の家に遊びに行く。<br /><br />個人的に伝言ダイヤルなどというものには縁がなかったが、現在の出会い系サイトのような使い道があったことを初めて知った。実は受験生（浪人生？）にすぎなかったらしい若者はどうもロリコンのようで、いくら天真爛漫な少女でもさすがに危なかしすぎる行動である。<br /><br />この後から少し解りにくいシーン構成が目立ち始め、若者の家から幸いにも放り出された彼女の彷徨は途中から幻想もしくは心象風景であろう。雨に打たれた彼女を父親が迎えるのは明らかな幻想。父親が亡くなったことと関連する描写とも思われる。<br /><br />かくして危い出来事でいっぱいだった彼女のひと夏は終わる。少女は人たちの抱える孤独や秘密の存在を知る。これらの経験は大人に近付くのが早めただろう。それは不幸であるという感を覚えるので、成長とは言いたくない。<br /><br />先日まで観ていたホウ・シャオシェンの映画のように、この作品もスケッチの映画である。主題を構成する流れはあるが、一本の大きな筋はない。<br /><br />本作を観るうちに想起するのは第一にビクトル・エリセ監督「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/202006article_16.html" target="_blank">ミツバチのささやき</a>」だ。キャンプファイヤーを巡るところがあの映画でも印象的だった火を飛び越える場面を直に思い出させるが、この映画の妙な若者に会いに行くのはかの映画のヒロインが逃亡兵に会いに行くところを着想源にしたのかもしれない。昨年観た「<a href="https://hokapi2.seesaa.net/article/510320640.html" target="_blank">ナミビアの砂漠</a>」（山中瑤子監督）でも同作へのオマージュと思われる焚火の場面があったように、１９８０年代に公開されたかの映画は多感な少女、未来の女性監督たちに大きな影響を残したようである。<br />　もう一本は相米慎二監督の「お引越し」。あの映画も１１歳の少女が両親の不仲に当惑する話だったように記憶するものの、お話より、少女の彷徨がかの映画で祭りを訪れた田畑智子の少女が歩く場面を思い出させたのである。<br />　ウィキペディアによれば、影響を受けたと述べた作品として、この二つを含む三作品の名前を監督は挙げたらしい。彼女の発言を読むまでもなく、【論より証拠】の感あり。<br /><br /><strong>早川監督は１９７６年生まれだから、８０年代後半に１１歳であるヒロインに自身を相当投影していると推測される。</strong><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>映画</category>
      <author>オカピー</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hokapi2/521030451</guid>
                </item>
      </channel>
</rss>

